>>42 ではなく単なる通りすがりなんだが、興味が出てきたので
ちょっと肉付けしてみる。

昔の男から私が得たもの、それはこの表参道に面したちょっと古風な
内装のカフェだけだった。はじめは大変だったけど、しばらくしてようやく
経営も軌道に乗り、「常連さん」と呼べる客も何人かできてきた。

……彼も、その常連さんの一人。

金曜日の夕方、大体この時間に彼は一人でやってくる。きっちりと仕立て
られたスーツを上手に着こなす、きっとそれなりの地位にいて、それなりの
仕事もこなせるおじ様、と言う感じ。でも、私はまだ彼の名前も知らない。
 彼はたいてい、窓に面したカウンターに腰掛ける。変にこだわって決まった
席に座るわけではないところもスマートだと思う。彼がメニューに一度目を
落とし、すぐに戻すのが注文の合図。実際にはメニューを見る必要などない
ことは、私も彼自身もよく知っている。
「あの、すいません」
「はい、モカ……ですね?」
少し驚いた顔。次ににっこり微笑んで「そうです。」と答えてくれた。
優しい笑み。…このひとを泣かせたい。
…そう思うのは変だろうか? 上品な眼鏡のこの男性は、どんな顔で私に
許しを請うのだろう……。そう思うと、居ても立っても堪らなくなった。

今日は最高のモカを出してあげよう……私は心の中で呟いた。