『じゃ、また来週ね♪』

そう言って降りて行った友達の姿が、遠くホームの端に見える。
律儀に見送ってくれる彼女に、こちらも最後まで小さく手を振りながら、茉莉花は段々と体が強張ってくるのを感じていた。
急行電車の最後尾、週末午後の下り線。
期末試験も無難にこなし、もうすぐ夏休みだというこの時期。
本来なら解放感と期待感とで浮き立っていてもおかしくない彼女の心が、そうした気持ちになれないのには理由があった。

(あと30分……長いなあ)

帰宅ラッシュまではまだ、だいぶ時間があるとはいえ、この路線はいつもそれなりに乗車率が高い。
電車通学をする彼女――桐ケ谷茉莉花が、ここで最初に痴漢被害に遭ったのは、もう3か月も前の話だった。
最初は半月に一度ぐらい。
ちょっと手が触れてしまったと、言い訳が成り立つ程度の些細なお触りだけだった。

けれど、ある時から頻度と大胆さが急に増してきた。
今や週に数回、彼女は痴漢の手で胸や尻、太ももなどを撫で回されている。

もちろん、茉莉花だっていつもされるがままだった訳じゃない。
けれど先日のこと。
勇気を出して「やめてください」と痴漢の手を掴んだ彼女が見せられたのは、自分の恥ずかしい姿が映ったスマホの画面。
部活の帰り、肌の色が透けた白いブラウス姿の茉莉花を捉えたその写真は、彼女の豊かなバストをアップで収めていて。
最新機種の誇る高解像度の画像には、汗で張り付いた布地の向こう、先端の淡いピンク色すら見て取れた。

『騒いだら、この画像が世間にばれちゃうよ』

思春期の多感な時期にある彼女にとって、それはとても恥ずかしいこと。
だから、その時はじっと耐えて胸を揉まれ続け、駅に着いてすぐにホームへと駆け下りた。
次の日からは電車に乗る時間をずらし、車両も変えて……けれど、またすぐに別の痴漢が現れるようになって。

(でも、あと半年したら卒業だから……そしたら、実家に帰れるから……)

あと半年の辛抱だと、強く自分に言い聞かせながら。
茉莉花は、残りの高校生活の間、痴漢被害に耐え続ける道を選んだ。

(あんまりしつこいようなら、警察に突き出してやるし……!)

ほんの少し、触られるぐらいなら満員電車の必要経費。そう言って笑っていた友達のことを思い出し、写真のことは頭から追いやって。
彼女は、今日も電車通学を続けていた。

これから自分の身に降りかかる、悪意と羞恥、そしてそれ以上の刺激に満ちた未来を、この時の茉莉花は知る由もなかった……。

【では、こんな感じでどうでしょうか。画像を撮られたのは、大体半月ぐらい前だとイメージしてます】