■「俺が転生なんてするわけがない」
『ジリリリリ……』
枕元の目覚まし時計が俺の眠りを妨げて起こそうとしている。
まさぐりあてた手で目覚まし時計を黙らせ、布団から這い出した俺が見たのは、いつもどおりの自分の部屋だった。
「なんだ、夢か……縁起でもない夢だったな」
あんな事故なんて、夢に越したことはない。そう気を取り直し、俺は着替えて朝食をとりに一階へ降りていった。
普段通りの朝、普段通りの朝食……のはずだったが、何か違和感を覚える。
自分の家のダイニングだというのに、何故か余所余所しい感じがする。
「おはよう……桐乃は?」
いつもなら、俺より先に食べているはずの桐乃の姿がない。
「桐乃?何を言ってるの京介。今日が何の日なのか知ってるでしょ?」
おふくろの返事もヤケに素っ気ない。いや、違う。何かから目を背けているように思える。
「オヤジはもう仕事?」
「京介?熱でもあるの?お父さんの命日からもう半年も過ぎてるのに」
おふくろの返事を聞いて、俺は牛乳を吹き出しそうになった。
なんだ?これはドッキリ番組なのか?
部屋の中に隠しカメラでもあるのかと周りを見回した俺は、テレビの画面に目が留まった。

『次のニュースです……内閣府の発表では今年の食糧配給は予定より順調に進んでおり……』
ニュースを読み上げる女子アナと<平世28年度>というテロップがテレビに映っている。
「なんだ平世って……誤字じゃないのか」
テレビのテロップの年号が間違っているという訳ではないのは、部屋に掛かっているカレンダーを見ればわかる。
カレンダーは<平世>、スマホのカレンダーも<平世>、新聞の日付も<平世>だ。
「おいおい……夢が続いてんのか?それともラノベも真っ青の交通事故で異世界へ転生設定か?」
思わず頬をつねってみるが、俺の頬は神経を通して痛みを伝えてくるばかりだ。

ここは平世の日本で、オヤジは他界し、妹の桐乃も居ない。
いや、桐乃が存在しない訳じゃないというのは、おふくろの言葉ですぐにわかった。
「今日は桐乃が出荷される日じゃない……あの子のことは、もう忘れなさい」
出荷?出荷ってどういう事だ?
「おふくろ……今日なにがあるのか教えてくれ。俺は記憶が変になっちまったのかもしれない」
おふくろに事情を訊ねた俺の顔は、もう半笑いではない。

この世界のおふくろが語った<平世>日本は慢性的な食糧不足に悩まされているという。
政府が打ち出した政策は、食料供給センターという名の人間牧場の運営だった。
口減らし、リサイクル、環境保護、そして娯楽と選民意識……様々な目的をもって始まった人間牧場。
厳正かつ公正な抽選によって選別された市民が、牧場送りになるという。
そして、桐乃は選ばれた。
この世界の桐乃は、昨夜に食料供給センター送りになり、今日が出荷予定日という話だった。
「よくわからない……ていうか何処にあるんだよ?その牧場」
「もう桐乃には関わらないで……あの子も覚悟は決めていたわ」
おふくろは涙を浮かべて部屋を出ていってしまった。

この平世の日本では俺は生まれたばかりの赤子と同じだ。まずは、この世界を知る必要がある。
幸いにして、この世界にもスマホはあるようだ。
俺は自分のスマホを使って、この世界を知ることにした。
徐々に見えてきたのは、ここ平世の社会が極めて男尊女卑で歪な観念で構築されていることだった。
俺の知っている世界と技術や文化はあまり変わらない気がするが、やや人権を無視した行為が目につく。