種類の全く違う仕事をしている二人なので仕事中はそんなに顔を会わせないが、休憩やその他、時間が空いているときは
前にも増して二人でいる姿を見かけられることが多くなった。
周囲の人間は二人を見て、「ようやくか」と笑ったり、「独り身にはつらい画だ」と血の涙を流したりするのだった。
翌年の春。
桜が鮮やかに咲いていて春の最もよい時期であることがわかる時期のある日。
二人は互いの部屋と荷物を多く積んでる業者のトラックの間を忙しく行ったり来たりしている。
「アクア。荷物はこれで全部か?」
ヒューゴは業者がアクアの部屋より運び出した荷物が最後の荷物であるかを訊く。
「あ。はい。残りは全部持っていってもらっています」
「そうか。じゃあ俺は自分の部屋に積み残しはないかの確認をしてくる」
ヒューゴがアクアの部屋を出て自室へと向かった。
二人が何をしているのか?というと新居への引っ越しだ。
既に法律上でも夫婦となっている二人は今日から夫婦用の部屋へと移り住むことになっている。
もっとも、結ばれた日からは毎日、どちらかの部屋で過ごしていたのだが。
荷物の全ては業者のトラックに積まれている。後は部屋を去るだけである。
「……」
アクアは私物がなくなり、大きく感じるようになった部屋を眺める。
思い返せばこの部屋にいたのはそんなに長い期間ではなかった。
しかし、この部屋では忘れることができない思い出がいくつもできた。
(この部屋で旦那様と結ばれて……何度も愛してもらって……プロポーズされて……)
アクアの脳裏にこの部屋で経験した一生に一度しか経験できない思い出が巡っていく。
それらの思い出を作ってくれた部屋と別れるのだ。
どことなく寂しさがわき起こってくる。
(どうか、次にこの部屋を使う人たちにも私のような幸運が来ますように……)
アクアは左手薬指の指輪を見つめた後、祈りのため手を組む。
そのころ、ちょうどヒューゴが戻って来た。
「……」
ヒューゴはアクアの後ろ姿を見ただけで妻が何を考えているのかを察し、何も言わない。
「……おまたせしました」
ほどなくアクアがヒューゴへ振り返る。
いよいよこの部屋を去る時が来たのだ。
「部屋への別れはもういいのか?」
「はい」
「じゃあ、閉めるぞ?」
部屋のドアが閉められ、鍵がかけられる。
二人の旅立ちを見送った部屋は無音に包まれた。
「さあ。新居へ行くか」
「ええ」
二人は業者のトラックが出立したのを確認した後、ヒューゴの車に乗り込んで新居へと向かう。
暖かい陽射しとまだ冬の雰囲気をわずかに残した空気、舞い落ちる桜の花びらが夫婦の新たな旅立ちを祝福しているかのようだった。
窓を開けて走るとちょうどよい。
「あなた。新居でも仲良くしてくださいね?」
「当然だろ。アクアは俺の奥さんだぞ。妻を大切にするのは夫の役目だ」
夫婦は談笑しながら移動を始めた。
桜の花びらが一枚、開いた窓から入ってくる。
花びらはアクアの上着、へその下あたりへ幸運を報せるかのように音もなく着地した。