昔々、こちらの板にはお世話になりました。
 お目汚しにならねばと思いますが、小咄をひとつ。

『……

 ブシュっ…

 空気音と共に、眼前のドアが開いた。
「……っ!?」

 ブリュッ……!

 同時に、少女がこれまで必死になって、錠前を閉じ続けてきた秘門もまた限界を迎えていた。
「〜〜〜っ」
 扉が完全に開くのも待たず、少女は車内からホームへと身を躍らせた。駆け込み乗車ならぬ、駆け下り降車だ。
「ご、ごめんなさい! すいませんっ!」
 ラッシュタイムというわけではない。しかし、乗り降りの人波も意に介さず、少女は口では謝罪の言葉を述べながら、自分のことしか考えていなかった。
(もれる、もれる、もれる、もれる……っ!)
 電車内で必死に堪えていたもの。
(トイレ、トイレ、トイレ、トイレ、トイレぇっ……!)
 脳内を狂おしいほどに駆け巡る、白い陶器のイメージ。
(ウンチ、ウンチ、ウンチ、ウンチ、ウンチィッ……!)
 普段の清楚な佇まいからは想像もできないほど、今の少女は顔を歪ませていた。それほどまでに、我慢の限界に達していたのである。

 ブスブスッ、プッ、ブスッ、ブブッ……

(くぅ、はうぅ……う、ううっ……!)
 駆け足で目的の場所に向かいながらも、錠前の緩んだ秘門からは濁った空気が漏れ続けている。
(み……実が、でちゃうぅっ……!)
 我慢の限りを尽くした理性は、それに抗うだけの力を既に喪失していた。

 ブリュリュッ!

「んあっ……!」
 ひときわ高く、そして、粘性のある音が響いた。そして、明らかに質量のある存在感が、尻の肌にへばりついていた。
「………!」
 少女はそれでも、足を止めなかった。まだ認めたくない事実を捩じ伏せ、駅のはずれにある女子トイレへと駆け込んだ。
 古びた駅のそれは、染み付いた汚臭が鼻に効く。しかし、今の少女にとって、それはどうでもいいことだった。
(ウ、ウンチ、できるならっ……!)
 個室が空いていれば、もうそれだけでいい。
 和式だろうと洋式だろうと、ウォシュレットがなかろうと、最悪、紙だってなくてもかまわない。
 とにかく、完全に摩滅した錠前が役に立たなくなった秘門を、自らの意思で内側から完全に解放できる状況になりさえすれば、少女はもうそれだけでよかった。
(よ、よかった、あいてるっ……)
 幸いにして、個室は全てドアが内側に開いていた。当然ながら少女は、一番手前の個室に駆け込み踊りこんだ。
 年を経てくすんだ様子の和式便器が、それでも光り輝いているように少女には見えていた……。

 ……』