「・・・・やるやんか」
 舌を嚙まれそうな気配を察して、若造はいち早く顔を離した。
 ネクタイを直し、手巾で口元を拭いながら、吉村は若造と目を合わせずに答えた。
 「便所で悪かったな。昔の話や。今はしてへん。君とも遊ばへん。帰ってくれ」
 「いつの間にそんなお堅うなったん?誰に操立てとるん?知っとるよ。新喜劇出とる、背の
高い、関東弁のやつやろ?あの算盤ずくでしかものを見いひん、人ともつきあわへん氷の吉村
はんが芸人に惚けるとはな。あ〜貧乏くさ!」
 吉村は驚いて相手の顔を見た。相手は吉村の反応を見てニヤニヤ笑っていた。
 「あんたはあいつに――恐らく生まれて初めて――マジ惚れしかかっとるけど、あいつはあ
んたのこと、時々お小遣いもくれるセフレくらいにしか思てへん、いうのが俺の見立てやけど」
 「ああ。ばり惚れとんで。帰ってくれ」
 若造は悪魔的な笑みを浮かべたまま、片方の眉を上げ、形も色も良い唇の間から腐肉のよう
な言葉を滑り出させた。
 「あいつチョンコ丸出しやん。チョンのくせして生意気に日本人みたいな洒落た芸名名乗り
よって」
 「知らん。興味ないわ。やきもち妬くんやったらもうちょっとかわいげのあること言うたら
どや。あんたの評判落とすだけやで」
 「クソチョンコ野郎のデカマラはそんなにええですか副代表殿」
 「アル中で党を除名になるどうしようもないドアホのお粗末なモノよりかはな」
 「そうか、わかった。ほんならもう今日は帰るわ」
 自称国粋主義者のネトウヨ青年は意外とあっさり引き下がり、立ち上がってちょっと衣服の
乱れを直したが、まだドアに向かって歩き出そうとはしなかった。
 「丸山、ぼくが憎いんか」
 吉村が声をかけると、彼は向き直って、
 「そら、あんたは本来ぼくがおったはずのポジションやからね。ぼくの方が頭もええし弁も
立つし、ルックスかてあんたには負けへん」
 「それはない。君はまだ若いし、君が地位を失うたんは君自身の問題で、ぼくのせいやない。
北方四島返還まであと一歩の所で全部台なしにしたんも、饗宴の儀で小室眞子さんや佳子内親
王殿下に狼藉を働いたんも君やぞ、忘れんとき。とにかく酒の問題は解決することや。自助グ
ループ紹介しよか?」