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(ソファに腰を深く沈め頬杖をつき、長い足を組んで「元」令嬢の到着を待つ。)
(やがて迎えに行かせたメイドが戻ってくるが、その後ろに娘の姿はないことを確認すると、深いため息をこぼす。)
(ちゃんと連れてこなかったメイドに対してではなく、ここに至ってもまだ現状を正確に把握できていない−−−否、把握しようとしない娘に対する失望をあらわに、
側に控えていたメイド頭に顔を向けると微苦笑いを浮かべて、「仕方がない」とでも言いたげに肩を竦めて見せる。)
(再度迎えに行かせてもいいが、メイド達に再び不快な思いをさせることもないと考え、暫しこの場で待つことにする。ちょうど持ち帰った書類もあることだし、
時間つぶしにはいいかと、メイド頭にその旨を告げ、手渡された資料に目を通し始める)
(冒頭のタイトルだけで、とりあえずの優先順位を決め、大事な報告から先に精査していると、ローズ領領主の処遇に関する追加報告を発見する。)
(ルシィールを含め領主一家、及び有力者の捕縛成功に関しては報告があったし、処遇に関しても事前に取り決めていた−−−と言うより最初から選択肢などない−−−ので、処置完了の報告である)
(他の国であれば人質として各交渉に利用、もしくは単に身代金と引き換え等、ある程度の価値を見出すが、帝国では敵国貴族に人質としての価値はないと考える。)
(よって男性は、労働力として、各地の鉱山や開拓地へ−−−ブリディスタン王国内は優秀な鉱山を有しているので、人手はいくらあってもいい−−−、女性は将兵への褒賞として与えられ、
残った者は占領地での「公共設備」として、各地へ送られていく。ルシィールはそうした者の中で、イリーナに与えられた奴隷として公的に記録される。)
(例外は元領主であるセントルイーユ侯爵を筆頭とした貴族家当主達で、報告によれば今日未明に銃殺が執行され、死体は共同墓地に埋葬されたとのことであった。)
(奴隷を丁寧に埋葬する、など他国の者は怪訝に思うかもしれないが、別に帝国人は奴隷の死を悼んだり、冥福を祈る為に埋葬するのではない。
単に公衆衛生の観点から死体を放置する訳にいかないだけで、埋葬の際に従軍神官が祈りを捧げる等も行われないし、重機で掘った穴にまとめて埋めるだけで、それは他人から見れば眉間に皺ができる程度には無礼であろう。)
(そうこうしていると、部屋の入口が少々騒がしくなる。件の「令嬢」がようやく到着したのだろう。)
(片方しかない視線を向ければそこには美しく澄んだ青い双眸に怒りを込め、金糸のような豊かな髪を逆立て、淑女としては落第点をつけられそうな程に荒々しく喚く少女の姿があった。)
(下位の使用人であれば、全身を震わせ平伏して許しを請う−−−貴族の怒りとはそういうものだ−−−のだろうが、
イリーナは勿論、今はメイド服を身に纏っているものの、鉄火が飛び交い轟音が吹き荒れる戦場に身をおいたことのある者達にとっては、子犬がキャンキャンと威嚇しているようなものだ。)
(奴隷風情が主人に対して無礼な態度で接していることに怒りを覚える者も、所有者である主人の前で勝手に動くのも憚られ、明確な殺意を込めて睨みつけるにとどめている。)
【続きます】