〜interlude "M"〜

使用人用の浴室を引き上げてからしばらく後。
自室のドアを後ろ手に閉めた処で、萌衣はようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。
扉に背を預けて長い嘆息を洩らしつつ、己のしでかした所業を深く反省する。
「気が動転すると、表面上は冷静なまま奇矯な言動を取る癖は、本当にどうにかしなくては……」
感謝の気持ちとはいえ、うら若き乙女が裸で異性の背中を流そうとするなど、まずあり得ない話。
そんな常軌を逸した解釈を口にしたのは、予想外の光景に激しく取り乱してしまったせいだ。
ひとりの女性だとか、はしたない姿がどうとか聞こえて、咄嗟に踏み込んだらあの状況。
まともな対応が出来なくなってしまっても当然ではないですか、と萌衣は珍しく自己弁護する。
「けれど、昴さんではなく久井奈のほうが、ああまで積極的になってしまうなんて……」
背中を流した辺りで、年頃の娘としてこれ以上は出来かねると言うのが、常識的な判断でしょう。
そう言って切り上げさせようとしたのに、まさか自ら継続を願い出るとは。
あれでは話の流れからして、私から中断を訴える訳にもいかないではありませんか。
しかしどうやら、久井奈は昴さんに対して、異性としての強い思慕の念を抱いているようです。
そうでもなければ、いくら何でもあそこまでの行為に及ぶ筈がないでしょう。
精を浴びて半ば恍惚としていた表情は、同性から見れば明白な『女』の顔でしたし。
確かに、あの逞しさとむせ返るような濃い性臭は、理性を揺るがせるに充分過ぎるほどでしたが。
再び静かに昂ぶりかけた身体の疼きを、萌衣はきつく己の胴を抱き締める事で抑え込む。
「……いけませんね。これ以上考えていては、またおかしな真似をしてしまいそうです」
幸いなことに、風雅は今夜早くには帰宅する予定です。
胸の奥で燻っているこの熱情は、夫の務めとして後ほど念入りに鎮めていただきましょう。
萌衣は思考を打ち切ると、今度は意識して冷静な態度を装い、何事も無かったかの様に外へ出る。
久井奈には、今後それとなく昴との仲を応援する事でお詫びに代えよう、と心に決めながら。

〜END〜


文字数?やら8連規制やら5&4規制やらですっかりグダグダに……連投失礼しました。