猫と長井♫仲良く喧嘩しな
脳内勝利絵師を擁護する気は更々ないけど、単に5匹バージョンを作ってなかったか
レイアウトの問題で作れなかったか、あるいは4匹バージョンを作って書き込む間に
>>803の書き込みが新たにあったというだけの話だと思うよ 12ってのは世界で昔から使われてきたかなりのパワーナンバーだよな
1ダース 12個
elevenとtwelveだけteenが付かない
十二支
12星座
十二×四で四十八手 そーいやソロモンの鍵が映画ZIPANGのキャラ替え移植された時に十二星座が十二支に変更されてたなー 実は私も>>218さんの説が正解だと思っているんです。
ただ、最近長井くんの書き込みに、(その内容は別として)純粋に日本語としてのツッコミどころが減ってきているため、ネタ作りに苦労しているところなんです。
それで、少しフィクションに入り込んでしまった次第です。 そういうのはダメ
嘘をでっちあげてまで他人を叩いてるような奴を批判・非難する時に自分も嘘をでっちあげるのは一番アウト
菅野ひろゆきと味塩ロケッツ(門倉敬介)の見苦しい争いを思い出す
今にして思えばあいつらも長井同様の精神疾患持ちだったんだなと思うけど 脳内勝利絵師ワロタ
「絵師」じゃなくて「脳内勝利絵」師 【長ロア理論】
ゴキブリ:どうも〜、ゴキブリです〜。今日はね、相方が「自分はフランスの数学者の生まれ変わりや」言うてまして。
長井:そうそう。オレな、気づいてもうてん。ガロアの生まれ変わりやって。
ゴキブリ:最初に言っとくけど、お前が最後に計算したの、「ゴキブリ5匹 − 4匹 = プシュー2回」やぞ。
長井:それが高度なんや。オレはな、有限体、GF(4) を使ってあぼーん儀式をやってる。
ゴキブリ:もう出た出た、最初だけ本物っぽい単語出すやつ!
長井:せやからな、オレの理論は、「長井=ガロア理論」略して「ナガロア理論」や。
ゴキブリ:あぼーんに理論持ち込むな!
長井:いやいや、要素は4つ、循環して、反転して、全部が規則正しい。
ゴキブリ:お前の人生だけ規則外れてる!
長井:ほんでな、オレは「ねこたん」という女性を賭けてお前と決闘することになった。
ゴキブリ:急に文学入れるな!
長井:ガロアはな、決闘の前夜、「明日ワシは死ぬ」って分かりながら、友人に理論のアイデアを伝える手紙を書いたんや。「僕にはもう時間がない。だから証明は書けない。だが、結果だけでも理解してくれ。」
ゴキブリ:そこはほんまに史実や!
長井:ワシも書いた。「僕にはもうこれ以上ゴキブリ共を相手をする気力はない。それでは4匹まとめて♫プシューw」ってな。これがNF(4) の誕生や。
ゴキブリ:全然違う!
長井:決闘の結果はな……オレは敗れた。
ゴキブリ:そらそうやろ!お前の「自分が勝つ絵」見て俺が苦しむ思うとるんか!
長井:そしてオレはその翌日、二十歳という若さでこの世を去る。
ゴキブリ:設定だけはガロアに寄せてくるな!!
長井:だがな……オレの理論は死なない。
ゴキブリ:いや急にカッコよく言うな!
長井:ナガロア理論は、暗号化技術、情報社会、現代社会の根幹を支えている。
ゴキブリ:支えてへんわ!!お前が支えてるのはimgurだけや!!
長井:分からん者には分からん。天才とは孤独なものだ。
ゴキブリ:孤独ちゃう!全員に否定されてるだけや!!
長井:数学は爆発だ。
ゴキブリ:違う!爆発しとるのはお前の頭や!!
二人:どうもありがとうございました〜! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/753
今日は 「同じ言葉が、誰の口から出るかで意味を変える例」 を扱います。
テーマは、「敬愛」という言葉です。
日本語での「敬愛」は、非常に重い言葉です。
敬:上下関係や規範的な尊重
愛:人格や生き方への親近・好意
両方を同時に成立させるには、
・深い理解
・長期的関係
・個人や対象への尊重
が必要です。普通は師、先人、思想家など、人生レベルで影響を受けた対象にしか使いません。
長井くんがこれまでに「敬愛する」の目的語とした対象は、性質が全く違います。
明治天皇:歴史的象徴
靖国神社:政治・宗教施設
安倍晋三:現代政治家
江口寿史:漫画家
ねこたん:自分の粘着ストーキング相手
聖・俗、公・私、歴史・現代、権威・同列が全てフラットに並んでいる点が異常です。
◆長井の思考回路@ 「敬愛」は価値語ではなく、陣営語
長井氏にとって「敬愛」は、「対象の人格や中身を評価する言葉」ではありません。
「誰がそれを敬愛しているか」、これだけが重要なんです。
・自分が敬愛する → 正しい側
・敵(ゴキブリ共)が敬愛する → 間違った側
つまり長井くんにとっての「敬愛」は、価値判断ではなく、敵味方を分けるラベルなんですね。
◆長井の思考回路A 自分の敬愛は「格上げ」、敵の敬愛は「貶め」
ここが決定的です。
・自分が敬愛する → 自分の立場・思想・格を引き上げる
・敵が敬愛する → 「ああ、あいつらはそんなものをありがたがる連中だ」
同じ「敬愛」という語が、
・自己側では正当化の装置
・敵側では嘲笑の材料
として使われている。
つまり、ねこたん本人の中身は関係なく、敵の愚かさを示すための“看板”になっているわけです。
◆ここで「敬愛」という言葉の軽さが露呈する
本来、「敬愛」とは、誰が言っても同じ重さを持つ重い言葉です。しかし長井くんの使い方では、
・自分が使えば肯定
・敵が使えば否定
という二重基準が成立している。この瞬間、言葉の意味は消え、立場だけが残る。
長井くんの「敬愛」は、
・尊敬の深さを表す言葉ではない
・愛情を示す言葉でもない
・対象を理解している証でもない
「誰がどちら側か」を示す陣営記号。
言葉が軽薄になる瞬間というのは、語彙が雑になるときではありません。同じ言葉が、立場によって真逆の意味を持たされるときです。長井くんの「敬愛」は、まさにその典型例です。 【オカンが好きな宇宙人】
ゴキー:どうもー!ガイチューズでーす!お願いしますー!
ダニー:お願いしますー。
あのな、聞いてくれる?うちのオカンがな、好きな宇宙人がおるらしいんやけど、その名前を忘れたらしいねん。
ゴキー:好きな宇宙人て、もうわけわからんやん。
ダニー:ヒントはくれてん。「古代アンデスに降り立った宇宙人」やって。
ゴキー:おー、文明系やな。
ダニー:さらに、「ナスガィの地上絵は全部ワシが作った」って自慢するらしい。
ゴキー:名前からしてもう本人やん!長井やな。
ダニー:指の数が地球人と違ってて、片手に4本、両手で8本なんやて。
ゴキー:なるほど、8進法か4進法文明の証拠やんか。
ダニー:そんでな、その宇宙人はゴキブリを退治する時に「一匹、二匹、三匹、十匹、十一匹」て数えるんやって。
ゴキー:ほな4進法や。せやからゴキブリが5匹おる地上絵が無いんやな。地球人でも、10円玉は作っても11円玉なんか作らんもんな。
ダニー:ほんで、その宇宙人が作ったゴキブリの地上絵の順番がな、最初は1匹、次が4匹、その後2匹、最後に3匹なんやって。
ゴキー:ほうほう、「1423」か。それが何やねん。
ダニー:その宇宙人がな「この1423、実は素数や」って教えてくれたらしい。「素数は宇宙の秩序と不変性を示す。だからゴキブリの数にも意味がある」って。
ゴキー:ゴキブリに宇宙の法則当てはめるなや!ん?いや、光栄なことかも。
ダニー:しかも、1423の素数パワーを使って退治するらしく、「1は始まり、4は頂点。2は継続、3は伝承。」ってお祈りするらしい。
ゴキー:相変わらず意味不明な儀式やな!
ダニー:そんでな、その宇宙人は「4は全宇宙の真理や!」ってずっと言うてるらしい。だから地上絵の動物は全部4本足やって。
ゴキー:思想が強すぎるやろ!俺の脚は6本や!地上絵の蜘蛛さんも怒っとるで!
ダニー:でもな、その宇宙人、めっちゃ上から目線なんやって。
ゴキー:完全に長井や!
ダニー:「地球人は10進法に縛られて可哀想」「真人間になりたいなら4進法に従え」言うてくるらしい。
ゴキー:オカンに好かれる要素どこやねん!
ダニー:ほな、その宇宙人の名前は――
ゴキー:ほな、ふたりで同時に言おか!宇宙人の名は!せーのっ!
ゴキー:ハライセイジン!
ダニー:ヒョウロンカキドリ!
ゴキー:指4本っての、鳥やったんかい!
ダニー:そうや。宇宙で一番屁理屈垂れる鼻つまみモンの鳥や。 ♬クレイジープシュー・メドレー
♬
俺はこの板で一番
気色悪いと言われた男
レスバ負けたら逃げ出して
他所から愚痴言うスタイル
♬
ちょいと一回のつもりで自演
いつのまにやらはしご自演
気が付きゃID変え忘れ自爆
これじゃ精神にいいわきゃないよ
わかっちゃいるけどやめられない
( * )あっほーれ
スイスイスープラサッサ スラスラスップップー
スイスイスープラサッサ スラスラスップップー
スイスイスープラサッサ スラスラスップップー
スイスイスープラサッサ スープラサッサプーシュー
狙った奴とのレスバに敗れ
頭かっと来てAI画像連投
気が付きゃ別スレの八つ当たりバレバレ
逃げでレスバに勝った奴ぁ無いよ
わかっちゃいるけどやめられない
( * 繰り返し) 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
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『鶴岡警察』という言い方は日本語として自然か?
まず結論から言います。日本語母語話者が日常的に「鶴岡警察」とは、ほぼ言いません。
@ 日本の警察組織の呼称ルール
日本の警察は、
組織名:警視庁、○○(道府県名)警察本部、またはその略称(山形県警など)
施設名:○○警察署、またはその略称(○○署)
この構造で呼ばれます。
したがって自然な言い方は、
・「鶴岡警察署」または「鶴岡署」
・文脈次第で「山形県警」「県警」
・単純に「警察」
このいずれかです。
A なぜ「鶴岡警察」は違和感が出るのか
「鶴岡警察」という言い方は、行政組織名として中途半端。日本語の公的機関命名規則から 逸脱しています。
日本語では「警察」単体は 組織全体(県警・警視庁) を指す語であって、市町村名+警察 という形は基本的に取りません。
だから耳にすると、「あれ?日本の警察制度、ちゃんと分かってる?」という引っかかりが生まれるわけです。
B それでも「山形県警」とは言えている点
ここが重要です。
長井くんは、「山形県警」という正しい上位組織名は使えている。
つまり、
・日本の警察制度を全く知らないわけではない
・しかし、下位組織の呼称だけが崩れている
このズレは何を意味するか。
C 日本語話者の感覚というより「翻訳的発想」
「鶴岡警察」という言い方は、
・英語の Tsuruoka Police 的直訳
・中国語・韓国語圏の「地名+警察(警察局)」型表現
に非常によく似ています。
これはつまり、日本語の制度語を“感覚”ではなく、“単語の組み合わせ”として扱っている状態だと考えられます。
「山形県警」と言えているのに下位組織だけ崩れるのは、言語感覚のちぐはぐさを示しています。
日本語は「意味が通じる」だけでは足りません。
制度と言葉の“型”を身体で知っているかが、母語話者かどうかを分けるんです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
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「日本男児らしからぬ、ぺろぺろと気持ちの悪いことをしてるから、報いを受けるのだw」
一見、難しそうな言葉を使っていて「言えてる感」はあります。ところが、文法的に分解すると破綻がはっきり見えるんですね。
@ 「らしからぬ」はどこにかかる?
まず「らしからぬ」。これは連体形で、必ず名詞を修飾します。ここで修飾されている名詞は何かというと、唯一あるのは「こと」です。つまり構造上は、 日本男児らしからぬ【こと】 になります。
A では「ぺろぺろと」は何にかかるのか?
次に副詞句「ぺろぺろと」。副詞は原則として、動詞を修飾します。この文で「ぺろぺろと」がかかる動詞は一つしかありません。「してる」。つまり論理的には、 ぺろぺろと【してる】 という関係になります。
B ここで決定的な違和感が生じる
整理すると、文の骨格はこうです。
名詞:こと
修飾語@:日本男児らしからぬ
修飾語A:気持ちの悪い
副詞:ぺろぺろと
動詞:してる
結果として意味はこうなる。日本男児らしからぬ「こと」を、ぺろぺろと「している」。
C なぜ「超不自然」に感じるのか
「ぺろぺろという気持ちの悪い書き込み」であれば自然です。なぜなら、「ぺろぺろという」が名詞「書き込み」を修飾しており、動作と対象が明確だからです。
ところが長井くんの文では、
・「ぺろぺろと」→ 動詞「してる」に直結
・何を「ぺろぺろしている」のかが不明
・しかも対象は抽象的な「こと」
結果として、単語同士が意味的につながらず、スパゲッティ状態になるわけです。
D なぜこういう文が生まれるのか
これはよくあるパターンです。
・難しそうな言葉(らしからぬ、日本男児)
・感情的な罵倒語(気持ち悪い)
・擬態語(ぺろぺろ)
これらを勢いで並べてしまい、文法的な接続を確認していない。つまり、「言いたい気持ち」が先にあって、「文の構造」が後回しになっている。結果、意味は伝わるようで、実は日本語としては破綻している。
◯まとめ
・「らしからぬ」は名詞修飾 → かかり先が曖昧
・「ぺろぺろと」は動詞修飾 → 対象不明
・抽象名詞「こと」と具体動作が衝突
・結果:日本語として極めて不自然
語彙が難しいかどうかと、日本語が正しいかどうかは別問題。むしろ、「それっぽい言葉」を使おうとすると、こうした破綻が起きやすい、という好例ですね。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/765
はい、では今日は「image と『イメージ画像』という日本語」。これを扱います。
英語の image は、実に幅が広い。
視覚像(picture)
心象(mental image)
印象(brand image)
比喩的イメージ
想像上の姿
つまり英語では、imageは、実体でも、概念でも、頭の中でもOK。「脳内のイメージ」も「実在の写真」も、全部ひっくるめて image」なんですね。
MRI画像も image ですし、広告写真も image、心に思い浮かべた妄想も image。英語では文脈で勝手に決まる。
ところが日本語の「画像」はどうか。
画像 → 物理的に存在する視覚情報
写真、CG、スクショ、ファイル
ここでズレが生じます。
・イメージ = 心(頭)の中の像
・画像 = 目に見える情報
これを足すと?「ねこ痰頭の中のイメージ画像」、日本語として読むと、「ねこたんの脳内に存在する視覚情報」になってしまう。MRIか?脳波か?という話になる。
意味が一段階ズレてるんです。
ところで、皆さんはストックフォト(stock photo)、ご存知ですよね。あらかじめ撮影・制作された写真やイラストを「在庫(stock)」として蓄積し、誰でもライセンス条件の範囲で使える素材のことです。
広告、Web、資料、プレゼン、チラシ……「とりあえずそれっぽい絵が欲しい」という需要のために存在します。
ストックフォトは原則として、
・特定の人物・事件・事実を示さない
・象徴的・一般的・無難
である必要があります。
だから必ず「イメージ画像」言う呪文を使うんです。これは論理的に言うと、「image(像)+ image(像)」という、像の二乗みたいな言葉です。でも意味は明確で、
「これは現実そのものではない」
「説明用・雰囲気用・代表例です」
「これを事実だと思わないでください」
という 責任回避の札なんですね。
つまり、
医師の写真 → 実在の医師ではない
工場の写真 → 実際の工場ではない
家族の写真 → 本人たちの実話ではない
という 法的・倫理的防護壁。実に合理的です。
でも、日常文脈で「イメージ画像」と言う人はほぼいない。使うとしたら、広告・出版・不動産・ECサイトといった、用途や業界が限定された人工語なんです。
では話を戻して、長井くんの例の「ねこ痰頭の中のイメージ画像w」。これを論理的に分解すると、
(1) 頭の中(=心象)
(2) イメージ(=心象)
(3) 画像(=物理データ)
同じ階層の言葉を三重に重ねている。だから結果として、「頭の中にあるイメージデータファイル」みたいな意味不明な日本語になる。
普通の日本語なら、こう言います。
・想像図
・再現イラスト
・コンセプトビジュアル
・仮想図
・イメージ図
これで全部足ります。
長井くんはストックフォトの素材を、著作権法や利用規定を無視して「無料で好き勝手に使える」ものと勘違いして、しばしば盗用・改変しますよね。だから、「イメージ画像」が彼にとって馴染み深い語彙であるのは確かです。
ですからこれは知性の問題ではなく、語彙のレジスター(使う場面)を理解していないという話です。 【伏見桃山陵写真の怪】
えー、この世には不思議がございまして。なかでも長井という与太郎のやることは、だいたい説明がつかない。
長井:へい旦那! わたくし昨日、伏見桃山陵へ参拝してまいりまして!
旦那:へぇ、それはご立派だ。
だがな、与太郎。
昨日の朝から晩までお前さん、京都のこと一言も触れずあぼーんあぼーんと四連投して、今日の夕方になったら突然、山形空港経由で長井に戻ったって言い出したな。
長井:へっへぇ〜、飛行機でぴゅーっと。ついさっき帰ってまいりやした。
旦那:そのぴゅーっとが問題なんだよ。
お前さん、飛行機に乗るときスマホどうした?
長井:そりゃあ機内モードで……。
旦那:だろうな。機内モードにすりゃ、お前さんのスマホは地上の基地局とは通信が切れる。普通ぁ、IDは前後で変わるもんだ。
長井:えっ……。
旦那:だが、与太郎。
お前さんのIDは、今朝の京都での書き込みから、夜の山形に戻ったって書き込みまで、一文字も変わらねぇ。つまりな、お前さん、一歩も空を飛んでない。
旦那:さらに御陵の写真だ。二月だってのに影が夏至の頃みてぇに短い。どういう算段だ。
長井:いや、夏至なら芝の緑がもっと濃いはずで、奥の木々も新緑的に映えてるはずで……だから不自然じゃねぇんでさ〜(爆笑)
旦那:爆笑じゃねぇよ。影の長さに季節が逆らっとるの。
旦那:画像サイズもおかしい。
縦横比が、一枚は16対9、もう一枚は16対10.3。
どう説明すんだ。
長井:アップロード先が見やすく自動調整したんでさぁ!
旦那:写真が勝手に太ったり痩せたりしたら世話ねぇよ。
そんなサービス聞いたことねぇ。
旦那:ほかの客にも言われてただろう?
じゃあ長井駅で同じ操作してGoogleMapのスクショ撮れって。
簡単なはなしだ。
長井:そ、それは……明治天皇に敬意を表せない相手とは関わらないので……!
旦那:スクショ撮るのに天皇陛下を巻き込むな。
旦那:結局な、与太郎。
影は嘘つかねぇ、写真も嘘つかねぇ、IDも嘘つかねぇ。
嘘をつくのは──
だいたい与太郎だけだ。
長井:う、うぅ……。
旦那:もっとも、与太郎には最後の逃げ道がある。
「爆笑」。
長井:それではあぼーん! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/777
「新蕎麦&天ぷらうまひ! 日本人に生まれて良かった!」
という長井くんの表現。ここで注目すべきは、なぜ
「日本に生まれて良かった」
ではなく、
「日本人に生まれて良かった」
と書いたのか、という点です。
まず前提として、「日本に生まれて良かった」は、国土や文化、食べ物など、環境や生活体験に対する素朴な感謝の表現です。例えば、新蕎麦の香りや炊き立てのご飯、自然の恵みを味わったときの喜びを表す場合に自然に使われます。
一方で「日本人に生まれて良かった」となると、これは民族的な自己認識を伴った表現です。特定の民族に生まれたこと自体を価値判断に結びつけるニュアンスがあり、食文化の喜びとは直接関係しません。
つまり、文化や環境の体験の延長として出てくる表現ではなく、自己アイデンティティの優越感を示す表現になってしまうわけです。
では、長井くんがなぜあえて「日本人に生まれて良かった」と書いたのか、分析してみましょう。
1. 対立意識の形成
中国語母語話者である長井くんは、常々ねこたんさんを「朝鮮人」と根拠なくレッテル貼りしていることからわかるように、自己の民族的アイデンティティを強く意識していることが窺えます。
この意識が、虚構の「日本人である自分」と虚構の「朝鮮人であるねこたん」を比較して優位性を主張する動機につながった可能性があります。
2. 感情優先の文脈
掲示板の書き込みは、理屈よりも感情的なアピールが優先されます。「日本人であることを誇る」という形で自己の立場を示すことで、ねこたんを牽制したり、読者に自己の優越感を印象づけたりする意図があったと考えられます。
さらに、ここで使われている「うまひ」という言葉は古文にも存在しません。古典日本語では「うまし」が正しい形で、味覚や感動を表すときにはこちらが用いられます。
「うまひ」と書くことで、古文調を装おうとしているかのように見えますが、現代の日本語としては不自然で、文章全体の説得力や自然さを損なっています。
つまり、この文章では
・「日本人に生まれて良かった」という民族性に基づく表現の不自然さ
・「うまひ」という古文もどき表現の不自然さ
の両方が重なっており、読者に違和感を与える文章になっています。
つまり、「日本人アピール」の失敗作なんです。 こんなこと書かれてまっせ
/"\ / :; ヽ
| ::ヽ / ; |
.i ::ヽ / 彡 |
| ミ ::ヽ ,,,,,,,...._,,,..-‐" /,, |
| ミ ゙: : : : : : : i : : : : :: " i
( : : : : : : : : lト l ,! : : : : : ヽ
/: : : : : l i l| i ' ' __ , : : : :ヽ
/: : : ,..-ー--、 '" ̄ ` ヾ i
,i: / ` 、,, ;:. ` -''"_,,,.. : : :|
/,| ,, ` 、_ _, '_ . : : :|
/: :.| "" _,,, .. ! ; ` ニーi、‐-、
,i ,!-―''" _ニ', 、__,,-'^ ー、,,..-'' ヾ ヽ`ー、/::.|
|: : ' 、 -'' _// ` ,/ヽ: : |
,|: / / ` -/、_ _,,,,,... , , ' ヾ: :|
i: : : ! ヾ`ー、-、_,,,-、,,,_,,.... i
i: : | `ー|lヾ| 「|,,-‐" ヾ |
|: : i `ー'~(( )) 、 ;: ヽ
,!: : : ;: ,∩、 ヾ ,: :: i
/:: : :. ;; ,! ! .,, : : :.i、
i: : : :゙ 、  ̄ 、 ノ : : : ::.|
i: : : : :... 、 、 ._,,..: : :.i
\: : : : ... : :゙ - 、、 _,,,-ー":: : ::::_,ノ
`ー---、、___,,- `
>長年の俺の書き込みから、当方が日本人であることくらい容易に断定できるでしょ?
このタワケ笑わせよる♪
お前が朝鮮畜である事は捲れている。
それどころか今までの言動から支那畜とすら言われている。
お前の何処に日本人としての素養があるのか。 【嘘松戸籍】
長井:いやー、俺ね、明治初期からの謄本も取り寄せ済みでさ!曽祖父は武蔵国生まれの虎吉さん、高祖父は伊勢国出身なんだよねー。
ねこたん:ほな戸籍謄本、黒塗りでええわ、公開できるんやな?
長井:悪用を恐れる。
ゴキブリ:嘘つけ!明治初期って、壬申戸籍のことやろ?もう50年以上も前から閲覧禁止やん!封印されとるわ!
長井:でもさ、戦争中のどさくさで、日本人に成りすました人とかおったやろ?だから、ねこたんの祖父母や曽祖父がどさくさに紛れて日本国籍取得したという俺の推論も正しいんだよねー。
ゴキブリ:いやいや、戦争前から朝鮮人も台湾人も日本国籍持っとったから!どさくさで取る必要ないわ!
長井:でもさ、朝鮮戦争の混乱で、日本に再入国した朝鮮人も多かったやん?
ゴキブリ:戦後の話か!それとお前の妄想関係あらへんわ!
長井:いやいや、ねこたんの祖父母や曽祖父母が内鮮戸籍持ってるかもしれんやん?無視できへん推論やで。つまり、ねこたんは、帰化した横浜出身の日本人であるw祖父母・曽祖父母あたりが半島の出自とみるw
ねこたん:言うことがころっころ変わっとるやんけ!口から出まかせを勝手に垂れ流すな!嘘バレバレの日本人アピールしとる暇があったらお前自身の証明書出せや!
長井:いやー、でも長年の書き込みから、日本人であることくらい容易に断定できるでしょ?
ねこたん:断定できるわけないやろ!お前の言動全部捏造やんけ!しかもお前の日本語、長年おかしいわ!
長井:いやー、でも…恨の文化とか…アンチテーゼとか…美しい日本語を使って説明してるんだけど朝鮮人にはわからんのかなー
ゴキブリ:外来語でごまかすなや!何のアンチテーゼやねん!聞いとるこっちが混乱すんねん!そもそもお前は、「自分の国籍証明をしろ!」に対するアンチテーゼぶちかましとるやないかい!
ねこたん: 人の先祖の戸籍云々言う前に自分の今の戸籍をアップせんかい!右上の「全部事項証明」という文書名と表の左側の1列目の項目名、それと発行元(市区町村)以外の個人情報は全部黒塗りでええ言うとるやろ!
ゴキブリ:お前のトリップ(◆dKY5Eq8osE)を手書きするのも忘れんといてや! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/792
はい、今日の問題表現はですね、「日本国籍者」。日本語としてほぼ使われない表現です。
日本語では「〜者(しゃ)」という語は、
・行為主体
・役割・職業
・社会的立場
を表すときに使われます。
ただし今回は、「卑怯者」「道楽者」「田舎者」みたいな「〜者(もの)」の話とは別なので、その点は注意してくださいね。
たとえば、労働者、経営者、消費者、生産者、研究者、挑戦者。年金受給者、身体障害者、後期高齢者。さらには、自演者、自爆者、傍観者、当事者、逃亡者。
これらはすべて「何をする人か」「どんな立場の人か」が一目で分かります。
ところが「国籍」は行為でも立場でもありません。持っている属性です。つまり、
・日本国籍を「する」わけではない
・日本国籍で「活動」しているわけでもない
・1億3千万人が持つ日本国籍という「立場」とは何?
この時点で、「〜者」を付ける対象としてズレているんですね。
男の人に対して「男性者」と言うようなものなんです。
それでは、公的日本語ではどう言うか。実際の公文書や法令、報道を見てみましょう。
使われるのは必ず、
「日本国籍を有する者」
「日本国籍保持者」
です。
どんなに短くしても「保持者」、ここは絶対に崩れません。なぜなら「保持する」という動詞があるからです。
ここで置き換えてみましょうか。
金メダル保持者 → ✕ 金メダル者
運転免許保持者 → ✕ 運転免許者
宝くじ当選者 → ✕ 宝くじ者
――言いませんよね。
「日本国籍者」も、まったく同じ構造の誤りです。
それでは、なぜこんな言い方をしてしまうのか。この表現には、強い感情的要因が見えます。
本来、日本人であれば自然に「日本人」と言います。それをあえて「日本人」と言えず「日本国籍者」と言い換えている。これは、
・自分が民族的分類における日本人でない
・相手を日本人と認めたくない
・しかし国籍の事実は否定できない
この心理的葛藤が、日本語の形に歪みとして現れた可能性が高い。言い換えれば、言語の問題というより、心情の問題なんです。
はい、ということで。
言葉というのはですね、その人の論理だけでなく、心理まで映す鏡なんです。 ♬🎅赤恥の怒長井🫎
真っ赤なお顔の怒長井さんは
いつもみんなの笑い者
でもこの年のクリスマスの日
猫のおじたんは言いました
暗い粘着重ねても
お前の為に役に立たぬのさ
いつも泣いてた怒長井さんは
今宵こそはと旅立ちました
长井再见了.返回你的祖国.
祝你X-Day愉快!
Farewell Nagai. Go back to your homeland.
Have a nice X-Day! 【逃げ方の美学】
いやぁ皆さんね、日本語ってのはね、頭で考えるもんだと思ってるでしょ?
違うんですよ。
日本語はねぇ、下半身なんですよ。頭で理解してても、下がついてこないとダメなんです。逃げ方にもね、腰の入り方ってもんがある。
昔から言いますわな、三十六計逃げるに如かず。
これね、いきなりズボン下ろして逃げろって話じゃないんですよ?
勝ち目がないと分かったら、スッと腰を引く。これが大人の逃げ方。
将棋だってそう。「参りました」って言う時、あれ、下半身が静かなんですよ。
バタつかない。みっともなくならない。これがね、戦略的撤退。
腰が引けてるんじゃない。ちゃんと引いてる。
それからもう一つ。沈黙は金。
これも下半身の話ですよ。
余計なことを喋るってのはね、チャック開けたまま歩くようなもんです。
黙ってりゃいい。
触らなきゃ、出ない。
出なきゃ、恥もかかない。
ところがですよ。追い詰められると、いるんですよ。
急にこう言い出す人。「ゴキブリ共、殺虫剤でプシュー!」
それね、もう逃げ方じゃない。早漏です。
考える前に出ちゃった。
理屈が尽きた。
証拠もない。
そこで最後に噴射。プシュー!ってね。
勢いだけはいい。でもね、相手は冷めてる。終わってるのは本人だけ。
しかもこういう人に限って、「俺は余裕」「効いてない」って言う。
効いてない人はね、こんなに必死にプシューしません。
静かに去る。
黙って引く。
それができないから、スプレーだけは元気いっぱい。
いやぁ皆さん、殺虫剤は虫に使うもんであって、議論の代わりに使うもんじゃありません。
というわけでね、逃げるなら、賢く。黙るなら、静かに。
それができずに下半身だけが先走った結果。
これを議論界では「負け犬の遠吠え」と呼ぶ。
……と、
わたくしは思うわけでございます。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>筑波大学 #777777777777
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/student/1736474684/920
みなさん、新年一発目のテーマは「言葉の意味は知っていても、使いどころを間違えると台無しになる」という話です。
問題の一文、ここですね。
「今後も陸上競技人生を謳歌して欲しいものだ」
一見、立派そうに見えます。「人生」「謳歌」。難しそうで、賢そうで、前向きです。しかし、日本語は“雰囲気”で使うと失敗します。
まず語義です。「謳歌」とは何か。
謳歌とは、心ゆくまで楽しむこと。しかも、ある程度“まとまりのある期間”を振り返るときに使う語。典型例はこうです。
青春を謳歌した
栄華を謳歌した
第二の人生を謳歌している
共通点、分かりますか?
そう、時間的に一区切りが見えている。あるいは、安定した状態にある。
では「大学陸上の現役選手」は?
ここで問題文に戻ります。
・対象:大学の体育会選手
・状態:まだ現役、しかも「今後も」
・期間:数年で終わる可能性が高い
この段階で「謳歌」を使うと、言葉だけが先に老成してしまう。
要するに、まだ走っている最中なのにゴール後に使う言葉を投げているわけです。
さらに「競技人生」という言葉の重さ。
競技人生という語は、普通、
プロスポーツ選手
五輪・世界大会クラス
引退まで含めた長期キャリア
に使います。
大学の体育会活動に使うとどうなるか。
意味は通じます。でも、言葉のサイズが合っていない。
子どものプールにオリンピック用の飛び込み台を持ち込んでいる。こういう感じですね。
なぜ「変に聞こえる」のか。理由は単純です。
文全体は罵倒と嘲笑。そこに突然「人生」「謳歌」という応援・美辞麗句が混ざる。
トーンが一致していない。これは日本語の問題というより、文章設計の失敗です。
覚えておいてください。
日本語で一番怖いのは「意味は合っているが、格が合っていない」言葉。
難しい言葉は、使えた瞬間に評価が上がるのではなく、外した瞬間に評価が下がる。
これ、入試でも、論文でも、掲示板でも同じです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/838
はい、みなさん。今日取り上げる長井文は、
「鎮静化して差し上げましょう」
結論から言います。かなり日本語としておかしいです。どこがおかしいのか。順に見ていきましょう。
@「鎮静化する」は誰の行為か?
まず動詞「鎮静化する」。これは本来、
・状態が自然に落ち着く
・医学・行政・事務的文脈で
・客観的に扱われる現象
に使う言葉です。たとえば、
症状が鎮静化する
市場の混乱が鎮静化する
事態を鎮静化させる(※組織・権限主体)
ここで重要なのは、個人が他人の感情を勝手に「鎮静化してやる」ものではないという点です。
A 他人の「興奮」を「鎮静化して差し上げる」の違和感
日本語の感覚では、
興奮する → 本人の内面状態
落ち着く → 本人がそうなる
つまり他人に対しては普通、「落ち着け」「冷静になれ」「少し頭を冷やせ」、こういう命令・促し表現になります。
ところが長井くんの文は、「鎮静化して差し上げましょう」。これは、上位者が、客観的対象に、処置を施す、ときの言い回し。人間を「処置対象」にしている日本語なんですね。
B 「して差し上げる」が決定的にズレている
さらに問題なのがここ。「差し上げる」。これは謙譲語です。本来は、
・相手に利益を与える行為
・相手が歓迎する行為
にしか使えません。
ところが、「鎮静化して差し上げましょう」、これは、相手を侮辱し、相手を攻撃し、相手の感情を抑え込む、という加害的行為。
謙譲語と意味内容が真っ向から衝突しています。日本語母語話者なら、ここで強烈な違和感を覚えます。
C まとめ
いいですか。
この文章が変なのは、
・他人の感情を「鎮静化する」という発想
・謙譲語「差し上げる」の誤用
・人を処置対象として扱う語感
これらが全部重なっているからです。
結果として、
意味は分かるが、日本語として不気味
日本人の自然な発想から外れている
そういう文章になっている。
言葉というのはですね、上下関係・距離感・人間観が全部出ます。この一文、日本語の問題というより、人の捉え方が、日本語からズレている。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>▼▲(鶴岡市)▼▲(その2)
https://pug.5ch.net/test/read.cgi/tohoku/1447989495/767
今回はですね、鶴岡スレの768さんからの指摘をテーマに考えていきましょう。難しい法律の話ではありません。日本語の主体と意味の話です。
問題の文はこちら。
「過去の判例と整合性をとりながら、犯した罪に対する刑を決めるにあたって、裁判所は最終的に苦渋するだろうなwww」
この文では、「裁判所は … 苦渋する」となっています。
しかし「苦渋」とは何か。それは、
・心理的な迷い
・感情を伴う葛藤
・人の内面状態
を表す言葉です。
一方で「裁判所」は、
・組織
・制度
・国家機関
であり、感情を持つ主体ではありません。ここで日本語は決定的に破綻します。
日本語では、「判断する」「決定する」のような結果行為は、裁判所を主語にしても成立します。しかし、「苦渋する」「悩む」「迷う」といった心理過程は、人間にしか背負わせられない。
だから、「裁判官が苦渋の決断をする」は成立するけれど、「裁判所が苦渋する」は成立しない。
これは修辞の問題ではなく、意味論の問題です。
さらに、そもそも致命的なのが「苦渋する」。
「苦渋」は名詞です。動作を表す語ではありません。
それを、「苦渋する」と書いた瞬間、この文章は文法的にも崩れます。
・「苦悶」:状態語・動作語として振る舞える。「苦悶の表情」/「苦悶する」ともに自然。
・「苦渋」:評価・性質を示す名詞。「苦渋の選択」は自然でも、「苦渋する」は不自然。
名詞に「する」をつければ何でも動詞になるわけではない。
理由は「慣用」ではなく、語の中身が違うからです。これは日本語の初歩です。
次に、「過去の判例と整合性をとりながら」という表現。
「整合性」は、
・成立している状態
・矛盾がないこと
を指す概念語です。
したがって自然なのは、
整合性が取れる
整合性を保つ
整合性を確保する
「整合性をとる」という言い方は、意味が操作に追いついていない。
この一文で起きていることは、
・心理語を誤って動詞化し
・感情を持たない主体に背負わせ
・抽象語を雑に扱い
・最後に「www」で逃げる
これは、論理的に考えている文章ではなく、知的に見せようとしている文章です。
意味は推測できます。しかし、書いた本人が理解しているとは感じられない。それがこの文章の評価です。
日本語は、語彙力を誇る言語ではありません。主体と意味を一致させる言語です。「裁判所が苦渋する」と書いた瞬間、
その文章は日本語で考えることをやめているんです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾
>>Kanon総合スレッドパート26
https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/841
今回のテーマは、次の長井文。
「突っかかってこず大人しくなった」
この日本語、どこがおかしいのか?
結論から言いますね。この文、日本語として二重におかしいです。
一つは文法、もう一つは文体(時代感覚)。
まず文法の問題。
普通の現代日本語なら、こう言います。
突っかかってこずに大人しくなった
突っかかって来なくなって大人しくなった
つまり必要なのは、接続助詞「に」。なぜ「に」が必要か。
「〜ず」は否定の形ですが、そのまま次の動作に続ける場合、
〜ず に + 動作
という形を取ります。
例:文句を言わずに帰った
何も言わずに立ち去った
「突っかかってこず大人しくなった」は、接続の関節が外れている状態なんです。
次に、もっと根の深い問題。
実はこれ、単なる「助詞抜け」じゃありません。
問題の核はここ。「こず」。確かに「来ず(こず)」は、
カ変動詞「来(く)」の未然形+打消
古文では完全に正解です。でもね、現代日本語では、ほぼ使われません。
では、なぜ「せず」はOKで「こず」はダメなのか。ここ重要です。
勉強せず帰る → 自然
連絡もせず来た → 自然
一方で、
来ず帰った
突っかかってこず大人しくなった
急に古文っぽくなっちゃう。理由はこれ。
・サ変「す」→ 現代語「する」も主力動詞で、「せず」も生き残った
・カ変「来」→ 「来ず」は完全に「来ない」に置き換えられた
つまり、
・「せず」=現役
・「こず」=ほぼ化石
長井くんの文章全体で何が起きているのか。この文を分解すると、
「俺」「w」「ぶん殴って」「こず」
ネットスラング × 暴力語 × 古文(笑)
時代がバラバラなんです。文体が平安時代から5ちゃんねるまで時空跳躍している。
まとめると、この長井文の違和感は、
1. 「〜ずに」の「に」欠落
2. 死語寸前の古語「こず」を口語に混入
3. 全体の文体が統一されていない
この三点セット。
だから読み手は無意識に、「あれ? 日本語だけど、なんか変だぞ」と感じるわけです。
日本語ってね、文法より先に“時代感覚”がバレる言語なんです。
そこを外すと、どんなに強い言葉を並べても、文章は急に“薄っぺらく”見える。