謎の彼女Xエロパロ2
0659名無しさん@ピンキー2017/09/21(木) 22:34:13.41ID:p4YsoqNp
いや、あなたの作品は素晴らしいけど。
単純に作品がマイナー過ぎるだけだと思います。

自分は新作も好きなので、新作が人気が出れば、ここも変わるかもしれませんね。
0660 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 03:38:36.98ID:jnu8GS92
またしても投下してみます。

【謎の青春唱歌】

「暑い……もう九月終わりなのにな」
「本当……陽射しが強いね」
いつもの通学路。アスファルトは陽に灼けてチリチリと俺達を炙るかの如く火照っていた。
俺、椿明と彼女卜部美琴は、交わす言葉も程々にゆっくりと坂を登って行く。真夏日の様な紅蓮の感情は其処にはなく、ただ夏の終わりという白い燃えカスとなった木炭が燻ぶるかの様な虚しさが其処にあった。
2-Aの教室には夏服と冬服の生徒達が五分五分で入り混じっていた。生徒達は薄ら涼しく吹き続ける秋風の中、気怠さを風に流す。
話題といえば8月の夏祭り、甲子園、帰省先、まるで彼らの中では夏の延長線上のまま時が過ぎていないかの様であった。
程無くしてHRの点呼が掛かる。俺は涼しい秋風とは対称的な日照りの強さに多少しょっぱい想いを抱きつつ黒板をぼんやりと眺めていた。

--
0661 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 04:14:58.17ID:jnu8GS92
帰り道。今日一日はまるで締まりのない一日だったと改めて思う。
まだ少しばかり眠気の残る頭のまま、俺は卜部と連れ立ってゆっくりと歩みを進める。
『……暑いな』
立秋の太陽が俺をまた燃え上がらせ、隣の卜部に対して筆舌に尽くし難い感情を抱かせる。
「……どうしたの?椿君顔赤いよ?」
おっと、卜部に感付かれてしまった。此処は正直に話してしまわないとハサミが飛んできそうだ。
「なんかさ、こうもまだ暑いと卜部と過ごした夏休みの事を考えちゃって……ほら、映画にもあっただろ?一生夏休みの続く世界の中で過ごす話がさ」
「そうね……椿君、また少し休んでいいかしら?」
「ああ、いいよ」
俺は卜部に手を引かれて公園の中の木陰のベンチで休む事にした。
『……夏は蝉の声が響いてたっけ』
ふとそんな事を想い出しつつ俺は梢のざわめきに耳を澄まし、遠くから風が運ぶ甘酸っぱい金木犀の香りに心を漂わせる。

--
0662 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 04:39:43.35ID:jnu8GS92
「―君、椿君?」
「えっ?」
放心状態のまま座っていた俺に卜部が声を掛けた。
「椿君……大丈夫?なんだか疲れた顔してるよ」
「ああ、それは……」
俺は暫く俯いて黙っていたが、淀んだ海の様に黒くうねる心の中からある想いを伝えるのに然程時間はかからなかった。
「……叫びたい、かな」
「叫ぶ?大声出してすっきりしたいの?」
卜部は俺の返答に少し戸惑った。
「そうだ卜部……カラオケ、行きたい」
「カラオケ?うーん……私、あの時以来二人で歌うのはちょっと」
卜部は申し訳なさそうに俯いた。
『ああ、あの時か……あの時香水なんか借りなけりゃな』 (*単行本12巻 第87話参照)
……出鼻を挫かれた。卜部に迷惑かけたかな?背中が重い。
「あ、でも椿君……ヒトカラ、って知ってる?」
「ヒトカラ?一人でカラオケに入るあれ?」
「うん……もし椿君が私の歌声で元気になってくれるなら、カセットテープに自分の歌を録音してあげるけど」
卜部の生歌入りテープ!?ほ、欲しいに決まってるだろ!
「で、でも本当にいいの?」
「うん、それだったら私もなんとか」
「ありがとう卜部!」
やった、卜部の歌声が俺だけの物になるなんて!
俺達は交差点まで歩くと日課を済ませ、足取り軽く帰路についた。

--
0663 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 06:09:16.22ID:jnu8GS92
月曜日、少しばかり秋風が強く感じる日に俺はいつものコンクリ橋の上で卜部を待っていた。
『そういえば卜部も今日は夏服だったな……』
俺はそんな事をぼやぼや考えながら待っていると、果たして卜部の姿が見えた。
「お待たせ」
卜部は澄まし顔ですぐ横にまで駆けて来た。
「よし、帰ろう」
俺達は雲の裂け目から射す陽を受けて帰り道をゆっくり歩いた。

やがていつもの交差点で俺達は立ち止まった。
「椿君、約束の物持ってきたよ」
卜部は鞄から小さな箱を取り出し俺の手に置いた。それは卜部の歌声が吹き込まれたカセットテープだった。
「ありがとう、卜部!」
「あとそれと……」
卜部は自分のよだれを指で掻き出して俺に舐めさせた。
心なしか、頬が熱くなってきた様だ。
俺は受け取ったカセットテープをポケットにしまい込み足取り軽く家に帰った。
帰宅してまたしまりのない顔を姉さんに指摘されたが、そんな事は最早どうでも良かった。

--
0664 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 07:07:35.09ID:jnu8GS92
俺は自分の机の前にラジカセとヘッドフォンを用意してカセットテープの箱を開いた。
どれどれ……テープの長さが46分という事は片面23分、即ち片面4〜5曲入っている計算になる。
俺は早速ラジカセにテープのA面をセットしてヘッドフォンを掛け、再生ボタンを押し込んだ。
1曲目は「恋のオーケストラ」……のっけからこの選択とは俺にとっても嬉しい。こんな可愛い声で歌うんだ、と俺は浮かれ気味に聴いていた。
2曲目からは俺の知らない曲が3曲程入っていた。
年代を推測するに90年代の曲なんだろうが、卜部は滅茶苦茶楽しそうに歌っている。明るくハキハキした感じのボーカルが心地良い。
そして暫しの無音の後、ラジカセのオートリバースがカチリと音を立てた。
B面の最初には……えっと、これはMISIAの「つつみ込むように…」?
ハイトーンボイスを完全に歌いきれる卜部の歌唱力に俺は驚いた。
『卜部、こんなハイセンスな曲も歌えたんだ……』
2曲目には少しばかり古い曲が入っていたが、これはもしかしたら姉さんが知ってる曲かもしれない。
3曲目はヒャッキーの曲だ。ラップの様に次々と紡がれる歌詞をそつなく歌っている。
そしてテープは残り少なくなり、最後の曲が聞こえてきた。
「放課後の約束」この曲を締めの曲に選んだ辺り卜部のセンスの良さが垣間見れる。
ああ、出来れば生で聴きたかったなあ……そんな事を考えているうちに曲も終わり、再生ボタンがカツンと飛び出してテープは止まった。B面の終わりである。
『卜部、ありがとう……』
このテープは大切にしないとな。俺はカセットテープを取り出して箱にしまうと使っていない本棚に置いた。

--
0665 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 07:39:31.91ID:jnu8GS92
その晩、俺はまた不思議な夢を観た。
知らない街の風景が俺の視界に突き刺さる。
俺と卜部は喫茶店らしき場所に二人、向かい合わせでテーブルに座っていた。
浮かんでは弾けて消えるソーダ水の泡。
歌ってくれる誰かを独り待つかの様に今月のヒット曲を次々表示するカラオケセット。
仮面を被ったオーナーの脇で泡を立てている冷たい金魚鉢。
ぬるくなったアイスコーヒーを飲みながら卜部を眺めていると、不意に卜部はこんな事を口走った。
「ねえ、椿君も歌ってくれないかしら」
え、俺?本当に俺なんかが歌っていいのだろうか?
「卜部、で、でも……」
「どんな形であれ応えてくれるなら、私絶対に大切にするから」
奇妙な夢は此処で途切れ、やがて俺の部屋に朝が来た。
「どんな形であれ、か……」
まだ眠い頭で俺はどう応えるべきか考えた。
……そうだ、押入れにしまい込んであるカセットデンスケは使えるだろうか。
俺は起き上がって押入れの中を隅々まで探す。果たして其処にデンスケとマイクがあった。
俺はデンスケに電池を入れてボタンを押す。よし、動いた。
押入れには一緒に生のカセットテープも幾つかあった、これで良いな。
俺は取り敢えず押入れにデンスケを戻して学校へ行く支度を整えた。

放課後、俺は手早く片付けを済ませてリュックを背負う。
上野は中島、西田と何やら話をしていたがすぐに終わったらしく片付けを始めた。
「上野、済まないが今日は暇か?」
「お、俺?そうだな……今日は両親とも帰りが遅いって言ってたが」
「そうか、ならちょっと話があるんだがいいか?いつもの場所で頼む」
「お、おう」
上野は怪訝な顔をしながら俺と一緒に体育館裏まで足を運んだ。

--
0666 ◆URBRTbKUxc 2017/10/05(木) 08:09:23.56ID:jnu8GS92
「上野、実は頼みがあるんだが」
「どっどうした急に?金なら貸せないぞ!」
上野は何が起こったと言わんばかりに困惑している。
「そんな簡単な問題じゃない、これは俺のメンツにも関わる事なんだ」
「お、おう?まあ……とにかく言ってみろ」
上野は困惑していたが話を聞いてくれる気にはなった様だ。
「実は、俺には好きな人が居るんだ……」
「椿、彼女いたのか!?」
上野は仰天して軽くバックステップを踏んだ。
「最後まで聞け!」
俺は上野に詰め寄り話を続けた。
「……そいつは成績も運動も優秀で歌も上手い奴なんだが、ある日俺の為だけに態々一人でカラオケに行ってその歌声まで録音してくれたんだ」
「お、おう?そんなに進展してたのか……でも何故、一人なんだ?」
「それは言えない、彼女のメンツにも関わるし教えたら俺が殺される」
「おう……それで、頼みってなんだ?」
上野は頭に大量のハテナを浮かべながら詰め寄った俺の話を微動だにせず聞いている。
「上野……お前、ギター弾けたよな?」
「まあ、簡単な譜面があればなんとか弾けるが……まさか、俺の伴奏で椿が歌うのか?」
「そういう事だ!頼む、お前だけが頼りだ」
俺は上野に飛び掛かった。上野は俺に揺さぶられるままである。
「ちょ、ちょっと待て椿!何故俺が伴奏するんだよ!?」
「話すと長いが、それが俺から彼女へ出来る唯一のアプローチなんだ……頼む、助けてくれ!」
「おう……よし分かった椿、今からリハーサルだ」
「おう!」
俺達は真剣な面持ちのまま上野宅へと向かった。

--
0667 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 09:10:08.73ID:oaHT1hvP
え?ホスト規制された?
0668 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 09:17:08.42ID:oaHT1hvP
「よし、上がってってくれ」
「お邪魔します」
俺は二階の上野の部屋に通された。机の傍らにはアコースティックギターが置かれていた。
「適当に見て、何か歌えそうなのがあったら教えてくれ」
上野は本棚から幾つか楽譜を取り出した。有名な歌手の譜面ばかりだったが、その中に特に目を引くものがあった。
「……なあ上野、この曲弾けるか?」
俺は手にした楽譜を開いてそのページを見せた
「ええと……これか、結構古い歌だな……進行はG、D、Em、C……」
上野はその楽譜を手にして譜面台に載せるとギターを持ち軽く弾いてみた。
「でもこれ、お前の姉さんか親御さん位の年代の曲じゃないか?」
「ああ、でも俺が昔よく聴いてた曲なんだ」
「成程……まぁいいや、ちょっと伴奏無しで歌ってみろ」
「お、おう」
俺は下手くそなりにも1番だけ歌ってみた。
「ふむ……まあ、其処まで歌えてりゃ大丈夫だな」
「本当か?」
「ああ、次は俺の伴奏に合わせてくれ」
上野はギターを掻き鳴らした。俺もそれに併せてなんとか歌ってみた。

気が付くと練習は2時間半に及んでいた。
「上野、悪いが今日はもう帰るよ」
「おうお疲れさん!で、何時録音出来そうだ?」
「えーと……今週の土曜でもいいか?」
「ああ大丈夫だ、じゃあ、また明日も頑張ろうな」
「おう、またな!」
俺は上野に礼を言った後に上野宅を後にした。
その翌日も、翌々日も、練習は続いた。

--
◆URBRTbKUxc(回避用)
0669 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 09:47:40.45ID:oaHT1hvP
土曜日。この日の為に俺は上野と練習を重ねた。
俺は上野宅に生テープの入ったカセットデンスケを持ち込み、上野の部屋でマイクを俺と上野のギターの前にセットした。幸いにもその日は上野の両親は居なかった。
「よし、準備いいか椿?」
上野は真剣な眼差しでネックに掛けた指に力を僅か込めた。
「おう!」
俺は威勢よく合図をしてカセットデンスケの録音ボタンを強く押し込んだ。
「せーの、1、2、3、ハイ!」
俺は手拍子で上野のギターを合わせ、マイクに向かってありったけの想いを吹き込んだ。

      どしゃぶりの雨の中で 傘もささずに歩いてた
      俺は最後のタバコを今 明日に叩きつけた
      重くたれこめた暗闇の中 稲妻が俺を突き刺す
      半パな俺の覚悟を 情け容赦なくはじく

      しがない街に生まれて やっとここまでたどり着き
      だけどのっけからこの様さ 心が寒くて死にそうだ

      裸足のまんまで笑われても
      裸足のまんまで立たされても
      裸足のまんまで責められても
      俺は俺を信じてやる

ギターの音が止むと俺は暫しの沈黙の後停止ボタンを押し込み、ガッツポーズをした。
「椿、お前歌上手くなったじゃないか!」
緊張から解かれた上野も俺をベタ褒めしてくれた。
ああ、ついに出来たぞ。俺の歌声が卜部に届く!
「上野、本当にありがとう!」
「ああいいぞ、礼なんて……彼女に届くといいな!」
「おう!」
俺は礼も程々に上野宅から猛ダッシュで家に帰り、学校へ持って行くいつものリュックに録音したカセットテープを詰め込んだ。

--
0670 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 10:13:34.48ID:oaHT1hvP
また月曜日。俺はそわそわしながら卜部をコンクリ橋で待っていた。
秋風の涼しさが一層心地良く、空のうろこ雲の美しさも一層俺を夢心地にさせた。
程無くして卜部がやってきた。頬が妙に色づいて見える。
「椿君、一緒に帰ろう」
鈍色した空と彼女の色鮮やかな姿との対比が美しい。思わず見惚れてしまう程だった。
ああ、秋もいいものだな……おっと、今日は卜部に渡す物があるんだった。どうにか卜部が帰ってしまう前に渡さないとな。まずは話を切り出そう。
「なあ卜部、また公園寄っていいか?」
「……どうして?」
卜部はきょとんとした顔で首を傾げた。卜部はあの時吹き込んでくれたカセットテープの事を忘れてしまったのだろうか。
「ま、まず話をしたい事がある、それと渡したい物があるんだ」
「……いいよ」
卜部は怪訝な顔で俺を見つめていたが、次の瞬間快諾の笑顔に変わった。
俺は卜部と一緒に公園の中に入ると、何時ものベンチに腰掛けた。

--
0671 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 10:39:47.82ID:oaHT1hvP
「それで、話って何?」
「ああ、この前のカラオケの件なんだけどさ」
俺は緊張して卜部の顔を直視出来なかった。俺はたどたどしく言葉を紡ぐ。
「……また、卜部と歌いたいなって思ってさ」
静寂が二人を包む。気まずい空気になってしまった。
「で、でも卜部が嫌なら別にいいんだ……それに、まだ俺も気持ちの整理がついてないしさ」
愛想笑い。我ながら情けないと毎度思う。こういう時に卜部の発する空気は張り詰めて俺を悩ませるのだ。
「……椿君、私もまた二人で歌いたいなって思ってるし、椿君の歌声もまた聴きたいと思ってるからね」
「え?ほ、本当にそう思ってる?」
俺は思わず卜部の顔をまじまじと見つめた。
「うん」
卜部は笑っていた。
「あ、でもお互い無理のない程度にね?」
「う、うん……それじゃあ卜部、この前のお返し!」
俺も思わず笑顔になった。俺は急いでリュックの中をまさぐりカセットテープを取り出して卜部に握らせた。
「え、これ……椿君の歌?」
「ああ、上野がギターを弾いてくれたから録ったんだ!」
「椿君……ありがとう」
卜部はにこやかに立ち上がった。
俺もゆっくりと立ち上がると二人で帰路につき、いつもの交差点で日課を済ませた。
「それじゃあ、帰ったらすぐ聴くから!」
「おう、またな!」

--
0672 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 10:49:49.39ID:oaHT1hvP
1008号室。
私は急ぎ足で帰宅すると誰もいないこの一室に安堵して、靴を脱ぐと自分の部屋へと戻った。
すっきりとした部屋の壁にはクリーニングされた冬服が掛けてある。
あと何日でこの夏服とは暫しのお別れなのかしら、なんてセンチメンタルな事を考えながら私は背もたれのある古い椅子に腰掛けた。
「椿君の歌……ね」
私は引き出しからヘッドフォンステレオを取り出すとヘッドフォンを耳に掛けてテープを挿し込み、再生ボタンを押した。
……椿君、最近日課をすっぽかしていたと思っていたらずっと練習してたのね。
あの時よりもずっと私の心に響く歌声。私を真っ直ぐに好きと思ってくれている。
「……陽子さんにまた怒られちゃうな」
次私達が歌った時には、一体どんな不謹慎な事が待っているのかしら。
なんて、考える度に私の心は甘くて薄らしょっぱい気分で満たされるのだった。

興奮冷め切らぬまま俺は駆け足で帰宅した。
「ただいま!」
「おかえり明……やだ、またしまりのない顔してる」
「え、また?」
「今度は彼女と何があったのかしら?」
姉、陽子は少しばかり不満気に炊事場へと向かった。
俺も洗面所に向かい手を洗う。鏡に映るはとてもデレデレした俺の顔だった。
「卜部、聴いてくれたかな?」
卜部に貰ったカセットテープといい、今日の告白といい、このニヤけは当分収まりそうになかった。

【謎の青春唱歌 -Fin-】
0673 ◆URBRTbKUxc 2017/10/06(金) 10:50:38.97ID:oaHT1hvP
【謎の青春唱歌 -あとがき-】
マニアのみなさんこんばんは。もう十月ですか、早いものですね。
さて植芝理一総合スレでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、私は卜部の夢を観ました。
場所はかつての母校の写真部の部室……の筈なのですが、私の脳内カオス世界ではかなり位置が変わっておりまして、ちょくちょく探検しに行っていた機械科棟(私は電気科出身です)の一室に部室がありました。行くとよくジャンク部品をくれたものです。
暗室のとばっ口まで卜部と探検した私は急に筆舌に尽くし難い気分に襲われて、そのまま壁に押し倒して胸を揉みながら口から直によだれを舐めてしまいました。
味はサッカリンをそのまま口に放り込んだ様な(舐めた事はありませんが)強烈な甘さでした。ごめんね卜部、甘かったよ。
もしかしたらこの後、ルート分岐によっては暗室に連れ込んでとても不謹慎な事をしていたのかもしれません。
その後はすぐ近くの駄菓子屋に行って卜部と買い物をしている最中に目が覚めました。本当に「醒めないで」という言葉が刺さる程でした。
この夢がもし卜部からのメッセージだとしたら、これは一生掛けてでも解読したい所存です。
ところで、不謹慎な気分に心を揺らめかせる女の子って可愛いと思いませんか?
とまあ今回はそういうお話でした。
0674 ◆URBRTbKUxc 2017/10/07(土) 05:44:45.92ID:pngwrcFe
こっそり微修正
ttps://www.dropbox.com/s/mwr0x0vh7ov5ba4/%E8%AC%8E%E3%81%AE%E5%BD%BC%E5%A5%B3X_SS%E3%80%90%E8%AC%8E%E3%81%AE%E9%9D%92%E6%98%A5%E5%94%B1%E6%AD%8C%E3%80%91.txt?dl=0
0676 ◆URBRTbKUxc 2017/10/16(月) 22:47:59.41ID:Hh5WC9Jz
久々に大作が出来ました。
【謎の夏旅行】

入道雲を割る様に飛び立つ飛行機。
蝉時雨は遥か熱波の彼方。
父は葦簀越しの太陽光で新聞を読む。
これぞ我が夏季休業といったところだろうか。
午前11時23分、俺は宿題をそこそこに旅行会社のパンフレットを開いて書き込まれたチェックマークを確認しながら旅館のホームページを巡回する事にした。
「熱海、か……」
果たして俺は一つの旅館に目が留まった。リーズナブルで口コミの評判もいい。
「よし、此処にするか!」
俺は思い立つと部屋を飛び出し階下へと降りて卜部の自宅にダイヤルした。
暫しの発信音に心を踊らせていると受話器から電話を取る音がした。
「もしもし、椿ですが……」
「……椿君?」
声の主は卜部だった。
「ああ、卜部……旅行の件だけど、何時なら空いてる?」
「えっとね……8月なら10日から何日でもいいけど、椿君は?」
「8月10日……予算的には1泊2日かな?」
「ええ、それでいいわ」
「……他には?」
「そうね……お母さんの実家の法事を挟むと21日から……かしら」
「21日?分かった!予約を取れるか訊いてみるよ」
「あ、でも……何処にするの?」
「えっと……今のところ熱海だけど」
「うーん……熱海は少し前に行っちゃったから、他には何がある?」
出鼻をくじかれた。俺は再びパンフレットを開いた。
「……青森はどう?」
「青森……一度行ってみたかったのよね、電車代は出すから」
「分かった、すぐ探すよ!」
「あら、ありがとう……それじゃあ、また連絡してね?」
会話の後、電話は切れた。
0677 ◆URBRTbKUxc 2017/10/16(月) 22:54:16.23ID:Hh5WC9Jz
俺は再び部屋に戻ると青森の宿を片っ端から捜した。
「……オオタケ屋旅館?」
最近新装されたらしい小ぢんまりとした旅館が目に留まった。
聞けばコアな層に受けがいいらしい。
俺は電話番号をメモすると再び部屋を抜けてオオタケ屋に電話する事にした。
「はい、オオタケ屋でございます」
声はかなりお年を召されたお婆さんの声だった。
「もしもし、椿ですがお部屋は予約出来ますか?」
「ありがとうございます、当旅館は何時でも空いておりますが……」
「それでは、8月10日に1泊2日で……」
「いえいえ予約なんて要りませんよ……うちはお若い人達にはてんで受けが悪いので、何時でもお越しください」
「で、でも……」
「あなた東京の人ね……珍しい、珍しい」
クックッと笑われてしまった。
結局俺は軽くあしらわれながらも8月10日に予約を済ませる事が出来た。
俺は再び卜部に電話をして、10日に青森のオオタケ屋に宿を取ることが出来たと伝えた。
0678 ◆URBRTbKUxc 2017/10/16(月) 23:12:58.24ID:Hh5WC9Jz
8月10日、午前6時21分。
眠気のある身体を引き摺って風見台駅に着いた俺は卜部を待っていた。
ガランとして人も疎らな駅前で待っていると卜部が少し大きなリュックを背負って、更に小さな肩掛け鞄も掛けてやって来た。
「おはよう!早かったな」
「私は大丈夫……ふぁ」
卜部は欠伸をした。つられて俺も欠伸をした。
「お互い大変だな、じゃあ行くか」
俺は先程買っておいた大宮駅までの切符を一枚渡し、二人で改札をくぐった。
電車で揺られること30分少々、車窓からはパステルで描いた様な淡く青い空が視えた。
次に大宮駅で乗り換え口に向かう。大宮駅からは新青森駅まで新幹線が通っているのだが、その分含めて青森駅までの乗車券は卜部が金券ショップで用意してくれていた。
「卜部、すまないな」
「いいのよ、二人きりの旅行だもの」
俺は彼女から乗車券を受け取り、乗り換えの改札に通した。
東の空の太陽は、かなり高くまで昇っていた。

新幹線、隣二席の指定席の中で暫し揺られながら俺はぼんやりと虚空を眺めていた。
隣の卜部は既に眠っていた。する事もないので俺はリュックの中の文庫本を取り出して読み始めた。
車内販売の売り子が俺達のすぐ横を通り過ぎようとしている。貧乏人である俺は文庫本を顔に載せて狸寝入りを決め込む事にした。
0679 ◆URBRTbKUxc 2017/10/16(月) 23:34:33.52ID:Hh5WC9Jz
青森に到着後、まず驚いたのは目の前の広さだった。
東京は非常に雑多なる建物が猥雑と存在しているのに対し、此方は整然とした道路を挟んで疎らにあるといった感じであった。
俺はふと空を見上げた。駅前の時計は10時08分を指していた。
「卜部、大丈夫か」
「私は大分寝たから大丈夫だけど、椿君はお腹空いてない?」
そうだな……此処は軽く摘んでおくか。此の先大分歩く事になりそうだからな。
「うーん……じゃあ卜部、コンビニ入ってみる?」
「いいよっ」
俺達は駅前にあった小さなコンビニに入る事にした。

中はガランとして人の出入りも少ないが、スナック菓子コーナーに一段と目を引くものがあった。
「りんごチップス」……そうか、青森といえば陸奥りんごだからな。
俺は二人分のスポーツドリンクとりんごチップスをカゴに入れて、レジで会計を済ますと二人で外に出た。
「それで、何処に行くの?」
「そうだな……まずは軽く探索してみますか」
俺は小さなノートを取り出すと近場の商店街を探した。昨日、オススメのスポットをメモしておいたのだ。
事前調査では駅前の「しんまち商店街」なら色々な店があるそうだ。
俺達はりんごチップスを齧りながらしんまち商店街を暫しぶらつく。
……少し陽射しが強いが、東京ほど暑くはないな。
暫く歩いて店の位置をある程度把握すると、卜部が声をかけた。
「椿君、少し早いけどお昼にしよう」
「そうだな……卜部、此処はどうかな?」
俺はそう言うと、とある建物を指した。
「あら、素敵ね」
「よし、決まりだな」
俺達は建物の二階にある喫茶店に入った。
0680 ◆URBRTbKUxc 2017/10/17(火) 00:01:42.54ID:AYqnC1o/
中はとても洒落た造りの店になっており、落ち着いた雰囲気だった。
「いらっしゃいませ、お好きなお席をどうぞ」
若く品のいい店員が声をかけた。俺達はまだ人の少ない中テーブル席へと腰掛けた。
俺達はメニューを眺める。此処は喫茶店というより定食屋に近いのだろう。
ふと時計を確認すると11時少し前だったが、これから先沢山歩くだろうと思いモーニングは選ばなかった。
「決まった?」
「ああ」
メニューから目を離すと、卜部が店員を呼んでくれた。
「すいません、豚バラ焼き定食を」
「じゃあ、焼きスパゲッティーのソース味を」
「ご一緒にドリンクが100円で付けられますが?」
「じゃあ、アイスコーヒーを」
「俺は、ソフトドリンクで」
オーダーが終わり、店員が厨房へと向かった。
暫くすると醤油や調味料の焼ける様な匂いが漂い、料理が二人分運ばれてきた。
0681 ◆URBRTbKUxc 2017/10/17(火) 00:20:39.78ID:AYqnC1o/
俺がスパゲッティーを一目見て驚いたのは具材にソーセージだけではなくハムも散らされている事だった。
そして付けあわせのキャベツとトマトは胃もたれをさせない為の秘策なのだろうか。不思議な付けあわせである。
「いただきます」
俺は試しにスパゲッティーを一口フォークに絡めて食べる。
……成程。ソースの焦げた風味が青臭いピーマンによく合う。初めて此処に来た筈なのに何故か懐かしい味だった。
そして間に挟むキャベツの千切り。これは仲々相性が良い。ハムやソーセージの蛋白質を見事中和してくれるから胃にもたれない。
さて、半分程食べ尽くしたところで卜部が食べているバラ焼きが気になるな。此処は交渉といくか。
「なあ卜部、そのバラ焼き少し貰っていい?」
「いいよっ」
「じゃあこれ、一口どうぞ」
「ありがと」
俺はスパゲッティーを一口分フォークに絡め卜部に食べさせると、彼女が箸に摘んだバラ焼きを口にした。
『……!!』
美味い。爽快なる味の暴力そのものだ。
これこそ、青森県民の力の源なのだろうか。
何時かニュースで観たぶつかり合う筋肉、街中を駆け巡るねぶた、それらがはっきりと脳裏に現れた。
しかしやけに絡みつく様な味だ。俺はバラ焼きを咀嚼し終えると水で流そうとした。
『あれ!?思ってたよりしつこくない!』
成程、味付けはタレだったのか。甘く塩辛いタレの味はいとも簡単に水と一緒に流れていった。
「椿君、このスパゲッティー美味しいね」
ああ。本当に、いい店に来たものだ。
俺達は料理を全て平らげるとドリンクで口直しを済ませ、喫茶店を出る事にした。
0682 ◆URBRTbKUxc 2017/10/17(火) 00:27:44.81ID:AYqnC1o/
さて……食べ終えてあちらこちらの店を見て回ったが、俺達の期待しているような品はあまり無かった。
それにゲーセンやカラオケなら何時でも行けるだろう。俗っぽい物から離れるには……そうだ、宿をとってあるからその周囲を探してみよう。
「卜部、そろそろ宿に行こう」
「そうね」
時計を見ると15時半を回っていた。俺達はバス停から路線バスに乗り、宿のある温泉街へと向かった。
暫しバスに揺られると、やっと温泉街に辿り着いた。
「わあ……こういう所、初めて」
多少古臭さを残す峠の集落には料亭や釣りの名所、カフェ、キャンプ場、温泉が所狭しと並んでいた。所々に小さな商店もあり、コンビニの代わりを担っている。
「この店はなんだろう……?」
ふと目に留まった商店を覗くと、其処は駄菓子屋だった。品のいいお婆さんが店番をしている。
「いらっしゃいませ、何にしましょうか」
銀玉鉄砲、ローセキ、オハジキ、飴玉やきなこ棒、ラムネといった懐かしい商品の他、ニッキの根やメンコといった時代錯誤的な物まで置かれている。
10円クジにはしゃぐ子供達を尻目にあれこれ目で追っていると、其処に異様な空気を漂わせている面があった。狐の面と天狗の面である。
「この狐のお面と、ニッキを一束ください」
「じゃあ俺は天狗の面と、詰め合わせ1パックとラムネ一箱を」
「毎度ありがとう御座います」
俺達はそれぞれ代金を支払って、商品を受け取った。
するとお婆さんはこんな事を口走った。
0683 ◆URBRTbKUxc 2017/10/18(水) 01:08:22.38ID:fVzeD10E
またLandfill規制……
0684 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 01:26:36.41ID:anyGVil8
「それにしても珍しいですね、あなた達は何処からいらっしゃったのですか」
「東京からです」
「そういやこの前もあなた達位のお年のお客様が東京から遥々いらして、同じくお面をお買い上げになったのですよ」
「え?」
俺はぞっとした。暗く立ち籠めた雰囲気を醸し出すこの鄙びた村の中で今夜何かが起こる予感がした。
非日常を日常の薄皮で塗り固めた様なこの青森という辺鄙な土地は、ある種特異点として存在しうる物なのだ。
そして非日常と日常の境目にある駄菓子屋は、今日に限らず常に俺の中の魂に何かを呼び掛けていたに違いない。
天狗の面も偶然その場にあったのではなく、俺達が此処に来る事を予測して存在しているのだろう。
『きっと彼らに会うかもしれない』
直感的に俺の魂が論理的根拠の裏付けを全く超越して己の中で告げた。
彼らに会った時、きっと何かが起こる。

「そういえばお客様、今晩はねぶたがありますが、いっぺんご覧になっては?」
「はい、そうします」
俺達は、駄菓子屋を出た。
駄菓子屋から1キロメートル程先に、俺達が泊まるオオタケ屋旅館があった。
改装されてひときわ綺麗に見えたが、写真で見るよりも少し寂れた感じが否めない。
俺は歓迎されているのか将亦拒絶されているのか、疑心暗鬼な気分でオオタケ屋の暖簾をくぐった。
0685 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 01:38:56.25ID:anyGVil8
「いらっしゃいませ、ようこそオオタケ屋へ」
中には数人の若い女中と、やや腰曲がりな女将さんがいた。
「本日予約した、椿ですが」
俺は女将さんに名乗り、部屋まで通して貰う事にした。
「本日お泊りいただくのは此方でございます」
女将さんの後をついて行くと、部屋の中は綺麗な和装だった。
ざっと10畳程ある雰囲気のいい部屋と続き部屋があり、窓の外は河原も見えた。
「夕食は食事処にて18時から提供させて頂いておりますので、どうぞごゆっくり……」
「ありがとうございます」
女将は、部屋を離れた。
荷物を置いた後、特に何もする事もない俺達は駄菓子をつまみながらあれこれ話をする事にした。
「上野、今頃何してるんだろうな」
「丘さんと一緒だったっけ」
卜部も駄菓子の合間にニッキを齧りながら外を眺めていた。
「それ、美味しいの?」
「結構いける味よ」
卜部はそう言うと束からニッキを抜いて手渡してくれた。
俺は恐る恐るニッキを齧ってみた。
うわっ、ツーンとくる……でもこの味はなんとなく癖になりそうだ。
俺も卜部も無心でニッキを齧りながら、夕食までの時間を過ごした。
0686 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 02:06:30.68ID:anyGVil8
夕食の時間になり、俺達は食堂に向かうと既に料理が用意されていた。傍らのプレートには『予約席 椿様二名様』と書かれている。
席につくと女中さんがやって来て、ガスマッチで小さな釜の載った焜炉に火を点けてくれた。今日のメニューは煮魚と鶏のすき焼きだった。
気になる味は……うん、格別に美味しい。
こういった鄙びた旅館の食事は非常に簡素な物を連想させるのだが、此処はそうではないらしい。
無心で少しずつ食べ進めていると、不意に卜部が声を掛けた。
「椿君……今日のねぶたは少し下の神社の近くで開催されるみたいよ」
「えっ、どうして分かったの?」
「此処に来ている人の会話を聞いてたの」
卜部、そんな特技があったのか……新鮮な彼女の様子を眺めつつ食を進めていると、御膳は既に空になっていた。
「ごちそうさまでした」
「私もごちそうさま」
俺達は席を立ち、食堂を後にした。
「じゃあ卜部、ねぶたを観に行こうか」
「そうね」
卜部は肩掛け鞄を掛け、俺は小さいリュックを背負い、二人は部屋を出た。
そして一階のカウンターに鍵を預けて、俺達は坂を下ってねぶた祭りへと足を運んだ。
0687 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 02:41:50.66ID:anyGVil8
ラッセーラ、ラッセーラ。不思議な力のこもった掛け声が夜の青森に谺(こだま)する。
交通規制の敷かれた幅広の道路の上を大きなねぶたが屈強な男達の手で押されて動いている。
蒸される様な熱気の中繰り広げられる躍動を俺達は歩道から眺めている。ねぶたは背筋を反り返らせる程大きく見えた。
現地の子供達は提灯を持って、ねぶたの後を追いかけている。
「素敵……」
「卜部、こっちに行くみたいだよ」
俺は卜部の手を引いてゆっくりと動くねぶたの後を追いかけた。
「さーァさァさァみんな大好き金太郎飴だよ、死んだ筈だよ金太郎サン」
「まーむしー、まむーしー、まむし焼きはいらんかねェー」
テキ屋の喧騒が俺達を包み込む。
「椿君、私欲しい物があるんだけど」
「おう、じゃあ何か一個は出すよ」
卜部が止まったのはあんず飴屋だった。俺はあんず飴を二人分買い、ゆっくり齧りながら歩いた。
「……美味しい」
「本当?良かった」
ねぶたはやがて交差点で止まった。今にもぶつかり合いそうである。
その時、突然人の波が俺達に押し寄せた。
「う、卜部!」
「椿君!」
人の波は俺を強く押し、握っていた手は離れてしまった。
「ああ、こりゃあ参った……」
俺は為す術もなく卜部から離れ、流されていった。
0688 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 03:25:04.81ID:anyGVil8
かなりの人集りが私達を分かつ。
椿君はすっかり人の波に流されて行ってしまった。
「困ったわ……どうしたら良いのかしら」
私は取り敢えずその場で待ち続ける事にした。
もしかしたら椿君が来てくれるかもしれない、そう願いつつ。
その時である。
「――――」
『え?』
不意に誰かが私を呼ぶ様な声がした。
「――――さん」
『だ、誰なの?』
確かに誰かが私を呼んでいる。
「――卜部さん」
『!!』
目の前に眼鏡を掛けた一人の少女が居た。年は私と同じ位である。
「さあ、始めましょう」
私は目に見えぬ力で引き寄せられるのを感じ、気が付くと走っていく彼女を追いかけていた。

「卜部、何処だ!?卜部ー!」
やっとの事で卜部とはぐれた場所にまでやって来た。しかし卜部の姿はない。
俺は人混みをかき分けながら卜部の名を呼び続けた。
「あ、あれ……卜部?」
不意に素早く駆けて行く人影を見た。間違いない、今のは卜部だ。
俺はその人影を走って追いかけた。向かった先は神社の方角だ。
神社の石段を登ると、目の前に異質な小屋があった。
見世物小屋だろうか。それにしても気味の悪い小屋である。
俺は恐る恐るその中へと入って行った。
0689 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 03:47:07.07ID:anyGVil8
『なんだよ、此処は……』
中は薄暗く、得体の知れぬ仏像のような置物があちこちに並んでいる。
暗くてよく判らなかったが、注意して見るとあちこちの像の根本には見たこともない文字で経文らしき物が書かれている。
生きているかの様な置物に睨まれながら薄ら明るい光の筋を辿って行くと、何故か狐の置物を左右にあしらった観音開きの扉があった。
俺は腕に少し力を込めて、扉を開く。
「卜部!!」
その時目に飛び込んできたのは、裸に縄化粧を施し、狐の面を被った姿で玉座らしき台の上で俯いている卜部だった。
「騒々しいなあ、誰だい君は?」
すぐ下には、俺達とほぼ年齢の違わぬ少年と少女が白布を纏って立っていた。
「お前、卜部をどうするつもりだ!」
「僕の質問に答えないのなら僕に答える義務はないね」
少年はふてぶてしい態度で俺を睨む。すぐ横の少女も怪訝そうに俺を眺めている。
「あ、あのな……其処に卜部が居るだろ?俺、椿はその……彼氏なんだよ」
ここぞという時に俺は頼りなくなってしまう。今、圧倒的な彼等の威圧感に俺は圧されている。
「椿君だね?では紹介しよう……僕は松笛、すぐ横の戸川は僕の彼女だ」
「これから私達は大事な儀式を行うの、其処のお嬢さん、貴方の彼女はその御神体を司るのよ」
続けてすぐ横の少女、戸川もその大筋を説明した。
「ぎ、ギシキ……?ゴシンタイ……?」
俺は何を説明されているのか全く理解できなかった。
「歓喜天(カンギテン)というのを聞いた事がないのかい?尤も、印度ではガネーシャと呼ばれているけどね」
「この神様は因を沢山集めた者に良き縁をもたらすのよ、古くはバラモンの教えからその考えが持ち込まれたとされ―」
「御託はいい、卜部を返せ」
俺は説明を続けようとする二人に叫んだ。
「出来ない、僕達の『解脱』が終わるまでは」
「あら、何も悪い様にはしないわよ?もし椿さんが承諾してくれるならの話だけど」
0690 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 04:13:10.51ID:anyGVil8
「ど、どういう意味だ?卜部をどうするつもりなんだ!?」
「まずは君の持っている天狗の面を被ってみたまえ」
俺は松笛の言う通りに恐る恐る天狗の面を被ってみた。
すると、どうだろうか。
裸の卜部の身体には無数の経文が浮かび出て、更に二人の姿は輝く卜部の影になってよく見えなかったが裸であると分かった。
更に松笛は天狗の面を、戸川は狐の面を被っているのが影ながら分かった。
「理解出来たかい?」
「つまり私達はこの儀式で肉体の関係を初めて持つ事になる」
「だから君も目の前のお嬢さんと交わればいいのさ」
「私達はそれに続き交わる」
「この一連の流れこそが『解脱』であり」
「私達にも縁が齎される」
「椿君、僕達と手を組まないかい」
「全てはこの世界を満ち足りた物にする為よ」
俺は目を見開いたままひどく怯えて卜部をじっと見つめていた。その時だった。
「椿君、だめ!私から離れて……!!」
卜部は息も絶え絶え、俺にこの場を去る様命じた。
「それにしても貴女、いい身体してるのにこのチャンスをみすみす逃すなんて奥手なのね……?」
戸川は卜部に近づいて、その肢体に触れようとした。
「触るな!!」
俺は卜部に駆け寄ろうとした。
「呀(ヤ)!」
次の瞬間、俺は叫んだ松笛に目に見えぬ力で弾かれた。
0691 ◆URBRTbKUxc 2017/10/19(木) 04:38:35.39ID:anyGVil8
ここまでの放送は

  提 供
◆URBRTbKUxc

ご覧のスポンサーでお送りします

……ひきつづき
「謎の夏旅行」を
お楽しみください……
0692 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 17:29:11.37ID:inwwiaqV
「いてて……」
俺はゆっくりと起き上がった。松笛と戸川は、不気味な像と蝋燭に囲まれた丸い寝台の上に居た。
「さあ、始めようか」
「ええ」
異質な声が部屋に響き、やがて二人は各々の面をくいと持ち上げて唇を重ねた。
陰鬱とした空気に一層艶めかしく水音が響く。
万事休すか、他にどうにかして二人を食い止める方法はないのか?
俺は卜部の方を向いた。よく見ると縄は全て不気味な像に繋がれており、その一端が胸の辺りから飛び出していた。
「卜部、その縄を噛め!」
「椿くん……っ」
卜部は身を捩り、一瞬跳ねて縄の端を強く噛んだ。
次の瞬間、縄は強く輝き、手前の像の一端へと光が届いた。
俺は僅かな望みを託してその像へと飛び掛かり、縄を強く噛み締めた。
「無駄な事は止めたまえ……」
松笛が、また何か力を放とうとした。その時である。
バチバチバチィッ!!
突如俺は雷に撃たれたかの様な衝撃を受け、身体が沸騰するかの如く熱くなった。
無限に続くかの様な空間の膨張と熱気を感じる。
罅割れる様な空気の震動が奥歯を鳴らす。俺は負けじと縄を噛み締め続ける。
轟く地響きと共に俺の身体は宙に浮いて、爆風に吹き飛ばされた。
0693 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 18:42:26.25ID:inwwiaqV
気が付くと寝台は其処にはなく、其処にあるのは崩れかかった玉座と散らかった像、そして寝台の残骸があった。
卜部、卜部は何処だ。俺は慌てて辺りを見回した。
卜部は俺のすぐ真横に服を着た姿でいた。狐の面は紙製だったらしく鼻の辺りが潰れている。
俺はすぐ横に転がっていた天狗の面を拾い上げた。鼻の途中に罅が入っていた。
「いやあ、凄いモノを見せて貰ったよ」
「あなた達を見くびってごめんなさい」
松笛と戸川は見たことのない学校の制服姿で俺達の前に立っていた。
「僕達が思っていたよりも君達の愛は強く結ばれていたみたいだね」
「解脱は失敗しちゃったけど、私達はもっと実のある物を得られたって事ね」
「それじゃあ」
「お帰りはあちらです」
「どうぞお気をつけて」
「さようなら!」
俺達はゆっくりと起き上がると二人に見送られながら、後ろの出口をくぐってこの場所を後にした。
0694 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 19:15:37.15ID:inwwiaqV
二人は去った。今、後に残されたのは此の夢の跡と松笛君、そして私だけである。
「ねえ、今のは本当に失敗だったのかしら」
私は肩越しに松笛君に尋ねた。
「いいや、失敗したわけじゃない」
松笛君は残された残骸を見つめながら答えた。
「戸川、慥かにあの娘は歓喜天様の転生だと思うよ」
「えっ?じゃあ、どうして失敗したの?」
「簡単さ、彼氏の想う力が強かったのさ」
「そんな簡単な事で?」
「ああ」
松笛君は残骸を片付け始めた。
「で、でも私―」
「まだまだ先がある」
「え?」
不意に松笛君は片付ける手を止めて此方を向いた。
「今はその時じゃなかったんだよ戸川、だから急ぐ事はなかったんだ……だから今回の一件に失敗も成功もなかったというわけさ」
「松笛君……」
私は思わず松笛君に駆け寄り抱きしめていた。
「松笛君、私達いつかは不謹慎な事するのかな」
「そりゃあするさ、僕達の仲は既に不謹慎なのだから」
そう、私の松笛君は唯一の不思議な彼氏。私を受け止めてくれた人。
こんな人と不謹慎な事が出来るなら、私とても幸せなのかもしれない。
「戸川、また涙舐めていいかい」
「……うん」
私は今回の失敗を悔やむ想いで涙を浮かべた。
ぺろり、と松笛君の生暖かい舌が目尻を撫でる。
「……今流した涙、甘かったよ」
「……そう」
私は松笛君の背中に身体を預け、少しくすぐったい気分になった。
0695 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 19:37:17.42ID:inwwiaqV
「ねぶた、終わっちゃったな」
「そうね……」
俺達は重く垂れ込めた暗闇の中、夜風に当たりながら二人でニッキを齧りつつ旅館への道を歩いていた。
「でも……楽しかったよ、本当に」
満点の星が照らす卜部の笑顔が美しい。卜部の明るい笑顔を撫でるかの如く、漆黒の空には天の川が光っていた。
「あっ、流れ星……」
卜部が指差す先に星が流れる。こういう時に気の利いた台詞でもあればなあと己の不甲斐なさを自嘲する。
「なあ、卜部……あの時不謹慎な事してたら、どうしてた?」
俺は卜部の顔を見るのが怖くなり、星空を眺めながら尋ねた。
「そうね……私、悲しくなって泣いちゃってたかも」
恐る恐る卜部の顔を横目で見る。怒ってはいなかったが、悲しい顔をしていた。
『しかし……卜部の裸、綺麗だったなぁ』
俺は少しばかり俯き、筆舌に尽くし難い想いを殺す事で精一杯だった。
「……俺達、本当に不謹慎な事するのかな」
「いつかは、ね」
卜部は励ますかの様に俺の肩に腕を回し、密着した。その時である。
遠くでドン、と野太い轟音がした。山肌越しに花火が幾つか上がった。
「……椿君」
卜部は華麗にステップを踏んで俺の前に立つと、口から指先によだれを掻き出した。
俺は指先の雫を恐る恐る口に含み、舐めた。
……いつも以上に甘酸っぱい味がした。
そして俺達の関係を祝福するかの如く花火が次々と撃ち出され、夜空を彩った。
「あっ」
「どうした卜部?」
「椿君、ズボンのポケットに何か入ってる」
俺はズボンのポケットの中をまさぐると中には小さな封筒が入っていた。
0696 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 19:47:34.97ID:inwwiaqV
「なんだこれ……」
俺は恐る恐る封筒を開く。中の便箋にはこんな事が書かれていた。

      椿君

      一筆啓上。
      君が今回経験した事は幻ではない事を予め断っておく。
      あの時天狗の面越しに君が観た世界、それは君の内面の世界なのだ。
      内面の世界とは夢の世界であり、それは同時に真実の世界でもある。
      君は此の先お嬢さん相手に不謹慎な想いを抱き、その内容に悶絶する
      事が多々あるだろう。
      しかし怯えてはならない。迷いは判断を鈍らせる。
      己の信ずる道を征け。
      お嬢さんにも宜しく。
      頓首再拝。

      松笛タカヲミ

難解な辞で綴られた手紙に俺はしどろもどろな気分になったが、何となく卜部を此の先大切にしろという事は分かった。
「あっ、私にも手紙……」
卜部も封筒を鞄から取り出すと、中の便箋を読んだ。

      卜部さんへ

      プレゼントは縁結びのお守りです♪
      歓喜天様に毎日お祈りしたから御利益ありますよ!
      ふたつ入れておいたので、もうひとつは椿くんにつけてあげてください。
      二人の仲が進展する事をお祈り申し上げます。
      それじゃあ、またね!

      戸川安里香(はぁと)

お守りは赤い紐で、手紙の通り二本封筒に入れてあった。
「成程ね……素敵なプレゼント貰っちゃった」
卜部は嬉しそうにそのお守りを腕に括りつけると、俺の腕にも括りつけてくれた。
「椿君、私……何時でも不謹慎な事してあげるから!」
すっかり元気になった卜部は俺の前を駆け出して、俺も慌てて後を追いかけた。

その晩は二人で貸切の混浴風呂に浸かり床に就いたが、不謹慎な事を考えようとする度に心の中でちょっとばかり甘酸っぱい様な甘じょっぱい様な気持ちになるのであった。

【謎の夏旅行 -Fin-】
0697 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 19:55:25.67ID:inwwiaqV
【謎の夏旅行 -あとがき-】
マニアの皆さんこんばんは。
今回は卜部の夢から活力を得て不謹慎度120%以上でお送りします。
本来であれば此方を先に作るべきであったのでしょうが、すっかり秋になってしまいました。
さて本作ではOVA「謎の夏祭り」に肖ってディスコミの二人を登場させました。
ラフの段階では椿君が卜部に犯されるシーンを書いてやろうかと画策していましたが、
「この二人にはまだ早いな」と謎の納得をして今の形に書き上げました。
結果寺山修司氏、京極夏彦氏、つげ義春氏、そして植芝理一先生のごった煮を自家製秘伝のソースで味付けした様な作品となりました。
主要キャラが四人という豪華な作品の中でどう粒立たせるかが難所ではありましたが、本作は私のお気に入りの一つでもあります。もう一つは小奏鳴曲(ソナチネ)です。
大人びた松笛とまだ子供っぽさを残す戸川。
大人になれなくても現状を楽しめている椿と大人になりたくて悶える卜部。
その対比を是非お楽しみ下さい。そして悶絶して下さい。
ところで、歪んだ性癖を愉しむ彼女って可愛いと思いませんか?
とまあ今回はそういうお話でした。
0698 ◆URBRTbKUxc 2017/10/20(金) 19:57:30.00ID:inwwiaqV
またしても保管用リンク投下
ファイルサイズにご注意下さい(32.5KB)

ttps://www.dropbox.com/s/59dzzzsca257t4g/%E8%AC%8E%E3%81%AE%E5%BD%BC%E5%A5%B3X_SS%E3%80%90%E8%AC%8E%E3%81%AE%E5%A4%8F%E6%97%85%E8%A1%8C%E3%80%91.txt?dl=0
レスを投稿する


ニューススポーツなんでも実況