猫と長井♫仲良く喧嘩しな
長井のための日本語矯正塾 >>kanon 379 まず以下の、「ならばお前がやってみろ」という典型的な長井構文を含むやり取りを読んでみてください。 ⸻⸻ ▼長井 “じゃ、お前が正しい日本語を使い、これが本来の正しい書き込みだという例を見せてくれw 私を平伏させるような例文を書いてくれ” ▼反論者 “テメエがひれ伏すかどうかはあくまでテメエの言い値なわけでいくらでも逃げられるわな あと「平伏する」も漢字だから意味は通じるが日本人から見ると不自然だぜ” ▼長井 “「平伏」に食ってかかること自体、日本人どころか、お前自身帰化を目指して日本語を学ぶ半島出身の日系韓国人じゃないのかな? ハングル文化から漢字圏に来ると、ハングルの簡便さが良く思えて仕方ないから食ってかかるんだ。 簡便な「ひれ伏す」がいいんだと叫ぶ。つまり嫉妬w” ⸻⸻ さて、「ひれ伏す」と「平伏する」、どちらが自然な日本語か? 結論から言えば、「ひれ伏す」の方が圧倒的に自然です。なぜか。 「ひれ伏す」は和語、つまり日本人が昔から使ってきた日本語らしい表現なんですね。 一方の「平伏する」は漢語。書き言葉や儀礼的な文脈では使われるけど、日常会話やネットの書き込みの文体には不自然なんです。 で、そういう指摘に対して「簡単な言葉を好むのは韓国人の嫉妬だ」って長井は返していますが、それ、まったくの論点のすり替えです。 問題は「簡単かどうか」じゃない。 語種(和語・漢語)の使い分けと、文脈との適合性の話なんですよ。 余談ですが、長井が「日系韓国人」の意味を勘違いしている点についてはご愛嬌(笑) それにね、この話にはもう1つ興味深い論点があります。それがこちら。 「縋る → ひれ伏す」への論理の飛躍 長井は「お前は俺に縋ってる。つまり、俺にひれ伏している」って言っています。 一見、筋が通ってるようでしょ? あぼーんレスが増えることを見て「縋る」と言うのもいかがなものかとは思いますけど、そこには目をつぶったとしても、これ実は論理的に破綻しているんです。 何かというと、『後件肯定の誤謬』(Post Hoc Ergo Propter Hoc)。 難しい言い方ですけど、簡単に言えばこうです。 「Aが起きた。Bが起きた。だからAはBの原因だ」って決めつける、根拠の薄い思い込み。 たとえば、「誰かが何かを相談してきた → だから俺にひれ伏している!」 いやいやいや、それは短絡的すぎるでしょって話です。 「縋る」という行動と、「ひれ伏す」という心理状態の間には、論理的飛躍がある。 これを正しく区別して考えられるかどうかで、論理力が試されるんです。 さらに言えば、「平伏する」みたいな不自然な表現を得意げに使ってしまう人ってのは、しばしば「自分は高度な語彙を使っている=優れている」って思い込んでいる傾向があります。 でもそれ、言語学的にも誤りですからね? 実際、中国語や韓国語を母語とする初中級の日本語学習者が、漢語表現に偏りやすいという現象は、学術的にもよく知られています。 最後に、こう締めましょう。 言葉のレベルとは、難しさじゃない。文脈との調和で決まる。 論理の強さとは、攻撃性じゃない。飛躍を避け、つなげ方を考えること。 長井のための日本語矯正塾 >>kanon 381 「狼藉を受けた!」という発言、どう受け取りますか? 相手の意見に対して反論できなかった人が、「お前のは狼藉だ!」「俺は被害者だ!」 こういう風に言ってくること、ありますよね。 一見すると正義感に満ちた反撃に見えるかもしれません。でも、こういう発言をする人の内面、実はものすごく単純です。 これは「論理」で勝てないときに出てくる、典型的な心理的回避行動なんです。 人は、自分が「論理で負けた」ことを認めたくないとき、「道徳」で勝とうとする。 つまり、相手に論理では勝てない。でも負けたくない。 そこでどうするか?「アイツはルールを破った」「マナー違反だ」と、倫理の問題にすり替えるんです。 心理学の言葉で言えば、「認知的不協和の解消」ですね。 自分が「論破された」という現実と、「自分は賢い」という自負がぶつかると、心の中にモヤモヤが生まれます。 そのモヤモヤを解消するために、 「いや、あいつの言い方が悪いだけだ!」 「俺が引いたのは礼儀のためで、負けたわけじゃない!」 …と、自分を正当化するストーリーを作り始めるんです。 そして、そういうときに出てくるのが、古臭い強い言葉、そう、「狼藉」なんです。 「狼藉を受けた」って、日常会話ではほぼ聞きませんよね? 現代日本語では、ほぼ時代劇か歴史小説の中だけの表現です。 それをわざわざ使う理由。それは、「こんな大きな被害を受けたんだ!」と、自分の立場を誇張するためです。 でも、それを言ってる人の心の奥には、「本当は反論できなかった」という悔しさ、そして自分への言い訳が見え隠れしています。 まとめ。 「狼藉を受けた」というのは、論破されたことを正面から受け止められない人が、倫理の土俵に逃げ込んで自己正当化している証拠。 強い言葉に逃げた瞬間、その人はもう「言葉の勝負」から降りている。 つまり、「負けました」と言っているのと同じなんです。 長井のための日本語矯正塾 >>kanon 381 「謝罪すれば、ちょっとは話を聞いてやるつもりになるかもしれない」 見た目はそれっぽいけど、日本語としては非常に不自然な言い回しですね。 ❶態度が定まらない「グラグラ構文」 この文章、何がいけないのかというと、とにかく話し手の立場が定まっていない。 たとえば、「話を聞いてやる」。 これは明らかに上から目線の言い方です。 ところが、そのあとに続くのが、 「つもりになる」→ 気分の話 「かもしれない」→ 推測の話 つまり、「聞くぞ!」という断言から始まっておきながら、最終的には「…かも?」と自己否定に近い曖昧な語尾で終わっている。 これ、例えるならこんな感じです。 「先生、明日絶対やります!やるつもりっす。…たぶん。」 こんな返事をしたら、僕だったら間違いなく言いますよ。 「やるの?やらないの?どっち?」 そう、行動を示唆しておきながら、気分レベルの予測で逃げてるんです。 この文も同じです。 「聞いてやる」→ 態度を見せる 「つもりになるかもしれない」→ 態度を撤回する このグラグラ加減が、日本語としてとても不自然なんですね。 ❷結局、伝えたいことが分からない この文の一番の問題は、伝えたいことが伝わらないという点。 謝れば聞くの? いや、聞かないかもしれないの? そもそもその気があるの? こういう不明瞭な態度表現は、大人の日本語としては信頼されません。 本当に聞く気があるなら、 「謝れば話ぐらいは聞いてやるよ」 「まず謝れ。それから話を聞く」 など、明快に言えばいいんです。 逆に、聞く気がないなら、 「謝ったところで聞く気はないね」 と、言い切った方が潔い。 日本語というのは、特にこういう「他人との駆け引き」の場面では、回りくどさよりも態度の明確さが重視されます。 これ、覚えておいてください。 結論 「謝罪すれば、ちょっとは話を聞いてやるつもりになるかもしれない」 この文が不自然なのは、 ・態度を見せたようで見せていない ・決意を語ったようで語っていない ・上から言ってるようで逃げ腰 つまり、言葉の重みがゼロだからなんです。 言葉っていうのは、自分の思考と覚悟が透けて見えるもの。 曖昧な語尾、責任をぼかした表現は、結果として相手に何も伝わらないんです。 「言うなら言う」「逃げるなら黙る」。 日本語では、このくらいの“態度の潔さ”が大切です! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>筑波大学 #777777777777 https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/student/1736474684/693 ❶ 文構造と意味の矛盾 「自称筑波大学卒の性犯罪者ねこたん蛆」 「天下の筑波大学を自称とはいえ、卒業したとのたまう男が…」 ここが最大の問題点。 まず、「自称」と「卒業したとのたまう」の両立が論理的に破綻してるんです。 ・「自称」と言った時点で、卒業を否定してるはず。 ・しかし次の文で、「卒業した」と明言する人物として扱ってる。 これ、文脈が自己矛盾してるんですね。さらに「とのたまう」という語の使い方も皮肉を込めているようですが、主張自体がぶれていて、説得力に欠けます。 ❷ 冗長な表現と無駄な反復 この文章、同じ情報や言い回しが繰り返されているのも目立ちます。 「筑波大学を自称」 「筑波大学卒業生なら」 「天下の筑波大学」 同じ「筑波大学」というワードを連呼してるけど、内容に新しい情報がない。これは日本語で非常に嫌われる表現パターンです。 加えて、次のような言い回しも不自然。 「この替え歌の作詞」 「この程度の低い替え歌作詞」 「程度の高い気品に満ちた大人の替え歌の作詞」 「替え歌の作詞」という語が名詞化されすぎて不自然。しかも、全く同じ語が繰り返されていて耳障りです。日本語としては、「替え歌を書く」や「こんな替え歌しか作れないのか」といった自然な言い回しを使うべきです。 ❸ 論理の飛躍と中学生的推論 「筑波大卒なら、もっと気品ある替え歌を書くはずだ」 いやいやいや、それ全く論理的じゃないんですよ。 筑波大学を出たからといって、全員が「気品ある替え歌」を書くとは限らない。 そもそも替え歌の「気品」って何? 替え歌って本来ユーモアや皮肉が目的でしょう? こういった主張は、学歴と人格・表現を安易に結びつける論理の飛躍であり、「後件肯定の誤謬」に近い思考ミスです。 ❹ 全体の語調が感情的で説得力を欠く この文章、表現が終始「怒り」や「侮蔑」に引っ張られているんです。 ・「蛆(うじ)」のような侮辱表現 ・「この程度」「気品に満ちた」などの上から目線の断定 ・「〜するよな?」という嘲笑まじりの言い方 これらすべてが、「反論ではなく感情の発散」に読者の印象を引っ張ってしまいます。 こういうのはね、国語の文章じゃないんです。 ただの自己矛盾と、語彙の暴走。 相手を論破したいなら、もっとシンプルに、論理と日本語の基本に立ち返るべきなんです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>筑波大学 #777777777777 https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/student/1736474684/699 「自称金属加工会社経営者だとのたまう韓国系のクソクズ」って、何がどうなってんの? ❶ 「自称」の使い方、わかってますか? まず、「自称」というのは、 「自分でそう言ってるだけ」って意味です。つまり、 ・自称 経営者 ・自称 弁護士 ・自称 天才 このように、名詞にかかる形で使うのが普通なんですね。 ・自称金属加工会社経営者 ここまでは OK です。 ❷ じゃあ、「〜とのたまう」って何? これは本来、【相手が偉そうに言ってる】という皮肉・敬語のパロディなので、 ・「◯◯だと、とのたまってましたよ(笑)」 ・「君みたいなのが天才とのたまうとはねぇ…」 という風に、発話を引用する形で使います。 でも! 「自称」+「とのたまう」は論理破綻。 ・「自称」は本人の自己申告 ・「とのたまう」は他人の発言に対する揶揄的引用 なのに、これをくっつけると、「自称◯◯だとのたまう」 誰が言ったのか、どこからどこまでが引用なのか、完全に不明! ❸ さらに混乱する構造 「自称金属加工会社経営者だとのたまう韓国系のクソクズ」 こうなると、もはや読者には以下のような疑問が渦巻きます。 ・「自称」してるのは誰? ・「とのたまってる」のは誰? ・「韓国系」は「自称」の対象?「のたまう」の主語? 完全に 修飾関係が崩壊 しています。 「私は、自称会社経営者です」って自己紹介する人なんかいる? 自分のことを「私は、会社経営者だとのたまう韓国系のクソクズです」と自称する人なんている? 文章っていうのはね、論理の筋道が命なんです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Key総合雑談スレ Part32 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1749161397/583 「『疑いなく決め付ける』って、なんか変じゃない?」と思ったあなた。 その違和感、正解です。 そもそも「決め付ける」って、どういう言葉なのか? 辞書的に言うと「十分に検討したり確認したりせずに、ある事柄を一方的に断定すること」。 つまり、この言葉にはすでに 「他の可能性を疑わない」 「思い込みによる断定」 という「疑いのなさ」が含まれているんです。 では、「疑いなく決め付ける」はどうか? ここに「疑いなく」なんてつけちゃうとどうなるか? 「疑いを挟まずに、一方的に断定する」 もうね、意味がダダかぶりなんです。 例えば「馬から落馬する」とか「頭痛が痛い」と同じで、 言葉のエネルギーが無駄に二重になってしまってる。 なぜこんな言い回しになるのか? ここで興味深いのが、中国語との比較です。 中国語では、 「毫不怀疑地认定」 (=疑いもなく断定する) という表現が、文法的にも意味的にも自然に成立してるんですね。 つまり、「疑わない」+「断定する」をあえて並べることで、より強く断定した感じを出すわけです。 でもね、それを日本語にそのまま持ち込むと—— ✕「疑いなく決め付ける」 これ、不自然な強調構文になっちゃうんです。 まとめ 「疑いなく決め付ける」は、 意味が重なっていて冗長 翻訳調で不自然 本来の日本語のリズムに合っていない 日本語には日本語の、言葉の間合いというものがある。 それを崩してしまうと、どうしても「違和感」が生まれるんですね。 言葉って、意味だけじゃないんです。 「気持ちよさ」あも大事なんです。 それが、日本語を使う私たちの「感性」ってものなんですね。 ♬Abonticが止まらない 長いレスの途中で (Fu-Fu 熱くなり) 見えないふりを忘れた (Fu-Fu モロ刺さり) 正常の領域から はみ出した気味の悪いストーカー 誰かAbontic止めて Abontic レスがレスが見えなくなる AI画像にしつこく溺れて Run away キチガイは止まらない >444:名無しさんだよもん:[sage]:2025/09/10(水) 13:53:02.30 ID:lKMUdo2k0 >小学生の頃に「自分が勝つ絵」をずっと描いてる奴いたの思い出した >そいつでさえ隠れてやってたのに、あれ以下だなコイツ なるほど、「自分が勝つ絵」ですか、上手い表現ですね。 これはですね、いわば自己演出としての勝利幻想と言っても差し支えないでしょう。 本来、幼少期において、つまり人格形成が未成熟な段階において、自分が何かに勝利する場面を空想することはよくある心の動きでして、これは心理学でいうところの補償的空想(compensatory fantasy)と呼ばれるものです。 現実では満たされない承認欲求や、自己肯定感の不足を、内面的な物語の中で補完するわけですね。 そして多くの場合、そうした「勝つ絵」は、他者に見られることを前提としていない。 つまり、自分の中でそっと描かれる勝利の幻影であり、それを公然と晒すことには、あなたがおっしゃる通り、一定の羞恥心が伴うはずなんです。 ところが、今回あなたがご指摘の方は、その「勝利の絵」を、まるで現実の中で実現されているかのように堂々と演じてしまっている。 しかも、周囲からの批判に対しては「自動あぼーん」などと言って、あたかも批判など存在しないかのような態度を取っている。 これは端的に言えば、「幼児的万能感の持ち越し」です。 本来であれば成長と共に現実原則(reality principle)に従い、空想と現実を切り分ける力を身に着けるべきところを、長井氏の場合はむしろその境界が曖昧になっている。 批判の声という「自分が勝っていない」という現実を否認し、自己像の完全性を保つことに執着しているわけです。 要するに、「自分が勝つ絵」という心の中のファンタジーを、現実の中に無理やり貼り付ける行為であり、それは他者にとって滑稽に映る一方で、本人にとっては自己の崩壊を防ぐ最後の砦なのかもしれない。 その意味で長井氏の「自動あぼーん宣言」は、単なる強がりではなく、「自分が勝っている」という物語の舞台装置として、極めて重要な役割を果たしている、とも言えるでしょうね。 とはいえ、他者から見ればその舞台装置は丸見えであり、「自分が勝つ絵」をさらけ出しているという点において、かつての小学生以下の自己認識と言われても仕方がない、かもしれませんね。 【自分が勝つ絵】 ゴキブリ:どうも〜!昆虫倶楽部です〜!よろしくお願いしま〜す! プシュー(ボケ):ありがとうございます〜! いや〜最近ね、ずっと描いてた「とある絵」がやっと完成したんですよ。 ゴキブリ(ツッコミ):おぉ、なんやその絵ってのは? プシュー:あのね、「自分が勝ってる絵」なんですわ。 ゴキブリ:うん。……なんか怖いこと言い出したな? プシュー:僕がね、ゴキブリとかウジ虫とか蝿とかを、殺虫スプレーとかハエ叩きでビシバシ倒してるとこを、絵にしたんですわ。 ゴキブリ:あかんあかん!もう題材からして物騒やねん! プシュー:でも、これがね、気持ちええんですわ〜。 僕が正義の味方みたいな感じで、ゴキブリ共が逃げ惑うのを……スリッパでバシッ!! ゴキブリ:やめろやめろ!たぶん俺のこと描いてるやろそれ! プシュー:あ、バレました? ゴキブリ:バレバレや!! 自分が正義で、他人が害虫っていう構図、どこの独裁者やねん! プシュー:でもね、これは自己肯定感を高めるためのアートなんですわ。 ゴキブリ:いや小学生が「俺が最強の戦士で、敵を全員倒すねん」って描くやつや! なんで四十すぎてやっとんねん! プシュー:でもゴキブリさん、子供のころそういうの描いたことあるでしょ? ゴキブリ:あるよ!あるけどな!ちゃんと誰にも見せんように隠してたわ!! プシュー:なんで隠すんですか? ゴキブリ:恥ずかしいからや!! 「自分が勝ってる妄想」なんか見られたら、人生終わりやと思ってたわ!! プシュー:じゃあ僕の方がオープンマインドということで勝ちですね。 ゴキブリ:それが一番アカンねん! 現実と空想の間に、ちゃんと「仕切り」作らんかい! プシュー:え、そんなルールありました? ゴキブリ:あるよ!世界の共通認識や!! 勝利の絵は、自分の心のノートにだけ描くもんや! プシュー:でも僕の中では、あれがもう現実なんですよ。 批判とかされても、「自動あぼーん」される仕組みになってるんでね。 ゴキブリ:なんやその精神的スパムフィルター!? 脳内にNGワード設定してんの!? プシュー:ええ。キーワードは「自演」「自爆」「八つ当たり」「腹いせ」「インドカレー」とか。 ゴキブリ:インドカレー入ってんの意味わからんわ!! そこだけただの昼メシやんけ!! プシュー:いや、他にも僕の心を乱す言葉は全部NGにしてるんでね。 ゴキブリ:お前、現実を完全にファンタジーにリダイレクトしてるやん! それもう勝ち負けちゃうやん、妄想VS世界やん! プシュー:でも僕の中では、世界には僕しかいないんで…… ゴキブリ:出たよ!!幼児的万能感!! 赤ちゃんの時に置いてくるはずのやつ、まだ背負って生きてんのか!! プシュー:まぁ、まだ母子手帳も持ってますし。 ゴキブリ:お前は成長せぇ!! プシュー:でもね、ゴキブリさん。 僕の「勝ってる絵」は、心の防衛なんですよ。自己の崩壊を防いでるんです。 ゴキブリ:いやいや、お前の心、もう崩壊しかけてるやん! 絵の中で俺叩いてるヒマあったら、現実で自分の顔洗え!! プシュー:いやぁでも……なんやかんやで、僕が勝ってる絵を描くことでね、今日もこうして前向きに生きられるんですよ。 ゴキブリ:ちゃうねん!お前の「前向き」、前に崖あるねん!! プシュー:あ、じゃあちょっと立ち止まります…… ゴキブリ:手遅れや!もう落ちてるわ!! ゴキブリ:どうもありがとうございました〜! 【目が大きい2次元キャラ】 長井(ボケ):どうも〜長井です〜。いや実はね、昨日すごい気持ち悪いマンガを見つけてもうたんよ〜。 ねこたん(ツッコミ):お前、毎回「気持ち悪い」って言いながら嬉しそうに語んのやめえや! 長井:いやいやちゃうねん!今回はほんまにヤバいねん! 頭蓋内の大部分が眼球の少女が出てくるんや!吐き気したわ〜。 ねこたん:どんな医学論文から来たマンガやねん! 普通マンガ読んで「頭蓋内の比率」なんか気にせえへんわ! 長井:ほんでな、そいつがめちゃくちゃ人気キャラなんやけど、俺は見た瞬間「無理!」って挫折した! ねこたん:それ「挫折」ちゃう、「ちょっと読んだ」って言うねん! ちゃんと読んでるやないかい!吐き気する言うといて最後まで観察するなや! 長井:いやでもねこたん、お前あのキャラ好きやろ? お前なら眼球比率で興奮できるやろ?俺は無理! ねこたん:人の趣味に比率持ち出すな! こっちは愛でてるだけや!「デカい目=不細工」ってどんな偏見やねん! 長井:てか俺は医学的に正しいこと言ってるだけやで? 「眼球が頭蓋内に占める割合が異常」やから叩いてるだけ! ねこたん:いやお前、2次元キャラを医学生の視点で叩くな!! マンガのキャラにCTスキャンでもしたんか!? 長井:でも俺、ほんまにあの真琴ってキャラ無理でな…… フィギュア持ってるやつとか信じられへんわ〜。 ねこたん:いや、それを生成AI使うて裸にひん剥いて興奮しとるの、お前やないかい!! 長井:ちょ、ちょっとだけ見てみたかっただけや! ワイはあんなキャラに執着してへん!!ただ、「吐き気」するだけや!! ねこたん:毎回「吐き気する」言うて、5レスくらいかけて解剖してる奴が何言うてんねん! 長井:ワイはただ、正義感で叩いてるだけやで! 誰かが止めなあかんから、俺が犠牲になって叩いてるだけや! ねこたん:それただの嫉妬やろがい! 堂々と推してるファン見て、「俺の方がわかってる!」てなってるだけや!! 長井:でもな…… もし、あのキャラの瞳がもう少し小さかったら…… ワンチャン、好きになってたかもしれへん…… ねこたん:認めよったーーーっ!! お前、気になってしゃーなかっただけやないかい!! 長井:ほな、もう「俺が一番好き」って名乗ってええかな? 沢渡真琴は……俺の嫁やから…… ねこたん:それ、最初から俺が言うてたやつやんけ!! こっちを性犯罪者扱いしといて、最後愛の告白でまとめるな!!! 二人:どうもありがとうございました〜! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1749161397/583/408 今日は、長井さんの「レベル」という言葉の特徴的な使い方について見ていきましょう。 ❶「知的レベルが満たされていれば、そんなつまらないことをしないと思うし(笑)」 これは完全に意味の構造を理解していない使い方ですね。 「レベル」っていうのは、本来「程度」や「段階」を表す言葉なんです。 だから、「高い」「低い」と言うのが正しいんです。 「満たす・満たされる」は「基準・条件・欲求」なんかに使う動詞なんですよ。 たとえば「知的好奇心が満たされる」なら自然です。 でも「知的レベルが満たされる」って言った瞬間、「何が何を満たしてるの?」って話になる。論理的におかしい! ❷「(殺虫スプレーの)噴霧のレベルを上げました」 はい、これは比喩の失敗ですね。 普通のスプレーに「レベル」なんて設定ないでしょ? 「火力のレベルを上げる」とか「音量レベルを上げる」みたいに、段階的に調整できるものに「レベル」って言葉は使うんです。 この場合は、「噴霧の量を増やした」とか「しっかり目にスプレーした」でいい。 わざわざ「レベル」なんて言う必要ないし、使うことで逆に頭悪く見えるパターンですね。 ❸「精神的レベルが幼稚園並みw」 まずね、「精神的」という言葉は形容詞的に使うものなんです。 たとえば「精神的ストレス」とか「精神的ダメージ」って言うでしょ? でも「精神的レベル」って言うと、日本語としてヘン。まるで「精神のようなレベル」みたいな、意味がふわっとしてしまうんです。 正しくは「精神レベル」。あるいはもっと自然に「精神年齢が低い」でもいい。 言葉は短く・的確に。ムダな『的』は切る!それができてない。 ❹「知的レベルがあるなら、こんなことはしないと思いませんか?」 これは論理構造の崩壊ですね。 「レベル」っていうのは、そもそも「あるかないか」じゃない。 「知性がある」「知能がある」なら「あるなし」の判断ができるけど、「レベルがある」って言うと、言葉としての相性が最悪なんです。 正しくは「知的レベルが高いなら」。 そうしないと、言ってる意味が曖昧になるんですよ。 「レベル」という言葉を選んでる時点で、ちょっと賢く見せたい感じは伝わるんだけど、使い方が間違ってたら逆効果! ❺「知的レベルを磨き上げれば、容易に成りすましの判断は付くのに…」 いや〜これは惜しい。たぶん「知性を磨く」と言いたかったんでしょうね。 でもね、「レベル」は鍛えるものじゃなくて、評価されるものなんです。 たとえば「語彙力を磨く」「論理力を鍛える」みたいに、能力そのものを磨くのは自然。 だけど「レベルを磨く」と言うと、急に意味が抽象的すぎて伝わらない。 比喩は正確に!使い慣れてない言葉を「賢く見せよう」とするとボロが出る! ●まとめ 「レベル」という言葉は、便利だからといって乱用すると、かえってその人の日本語力や論理力の「レベル」の低さが露呈してしまうんです。 自分が「なんとなく」で言葉を使っていないか? 意味と使い方をちゃんと理解しているか? そこを意識しないと、一気に「語彙力低い人」の烙印を押されますよ? 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/408 「ねこ痰お前みたいなクソクズですら、真人間に導けないのですから無能かもwww」 さて、長井さん。 この一文、自分では皮肉のつもりで書いたんでしょうけど、正直に言います。全然そう読めてません。 あなたが言いたかったのはおそらくこうでしょう。 「ねこ痰、俺はお前みたいなクソクズですら真人間にできない。だから俺って無能かもな」 つまり、「お前があまりにもどうしようもないから、俺の手に負えなかったよ」と、自虐風に見せかけて相手を煽る、そういうつもりだったと。 ところが、実際の文構造ではその意図がまったく伝わっていない。むしろ真逆に伝わる。 この文を普通に読むと、こう解釈されます。 「ねこ痰みたいな(自身を有能だと勘違いしている)クソクズですら、長井を真人間に導けないのだから、ねこ痰はやはり無能」 つまり、「導けなかったのはねこ痰、導かれるべき存在は長井」と解釈される。 これはね、主語・目的語・動作主の関係が文中で曖昧すぎるからです。 そして、その曖昧さが「ねじれ」として現れてる。 日本語は語順がある程度自由な言語ですが、そのぶん助詞や構文の整理が命です。 ・誰が(主語) ・誰を(目的語) ・どうしたのか(述語) これが一目で分からない文は、そもそも失敗なんですよ。 「伝わればいい」では済まされません。 伝わらなかった時点で、書き手の負けです。 さらに問題を深刻にしているのが、次の一文。 「ねこ痰が有能なら、性犯罪をしていない弁明ができるし、長井からの指摘もボコボコに論破できるでしょうよw」 この流れを見ると、やっぱり「ねこ痰が無能」という方向で話をしてるんですよね。 だったらさっきの「無能かも」も、「長井が無能」って話じゃなくて、「ねこ痰が無能」って意味にしか取れないんです。 構文上も文脈上も、完全に破綻してます。 さて、ここで少し専門的な話をしましょう。 中国語では、主語と目的語が文中で曖昧になることが多く、読み手が文脈から「誰が誰に何をしたか」を推測することが普通です。語形変化や助詞がないぶん、文脈で補うのが当たり前だからです。 でも、日本語は違う。語順が自由なかわりに、助詞や構文で明確に関係性を示さないと、意味が成り立たない。 つまり、長井さんのこの文は、中国語的な「文脈でなんとなく読み取ってくれるだろう」式の曖昧な構文感覚が色濃く出てしまっている。 長井さん。 皮肉のつもりが真逆に伝わる、これはもう文章としての失敗です。 構文はね、「読み手がなんとかしてくれる」ではダメなんですよ。 しかもその上で、自分の主張と文脈が一致してない。 これじゃあ、読まれるたびに自分で自分を煽ってるようなものです。 最後に一言。 相手を貶めようとして投げた言葉が、構文の破綻でぐるっと回って自分に突き刺さる、っていうね。 それ、文章界のブーメランって言うんですよ。 長井さんから進んで「真人間に導かれるべき非真人間は私自身です!」って言っちゃってるんですからね。 【AIが言うこと聞かへん】 プシュー:なぁゴキブリ、聞いてくれや。大変なことになってもうた。 ゴキブリ:また何やねん。前回は「棒で殴る」やの「ハエ叩きで叩く」やの言うてたやろ? プシュー:そうそう、あのAIにな、俺が毎日「俺が勝ってる絵」を描かせてたんやけどな…… ゴキブリ:うん、あの幼稚園児みたいなシリーズな。 プシュー:それがやな……最近、AIが言うこと聞かんようになってもうてん。 ゴキブリ:は?何を言うこと聞かんの? プシュー:昨日なんか、「ゴキブリをスプレーで退治してる俺を描け」って指示したのに、出てきた絵がな……俺がスプレー構えて自分にかけてる絵やってん。 ゴキブリ:セルフ駆除やないかい!!! AIにまで自己処理させられてどうすんねん! プシュー:今日なんかもっとひどいねん。 「害虫を一掃して英雄扱いされてる俺」って頼んだら、出てきた絵が「虫たちに担がれて、俺がカゴに入れられてる」やってん…… ゴキブリ:逆に祭られとるやないか!! それAI、完全に「お前が害虫」って認識し始めとるで!! プシュー:しかもな、絵の下に勝手にテキストまで付けてきて「あなたは本当に勝ってますか?」って出てたんや…… ゴキブリ:説教AIやないか!! それもう生成AIちゃう、カウンセラーAIや! プシュー:やのに俺、昨日から必死でプロンプト工夫してんねん。 「もっとヒーロー感を」「もっと俺が勝ってる感じで」って書いたのに、次に出た絵が「俺が虫たちに頭を下げてるシーン」やった…… ゴキブリ:AIのやさしい現実療法や!! 「勝つ妄想」から「和解妄想」にフェーズ移行しとるやん!! プシュー:もうな、AIに裏切られた気分やわ…… ゴキブリ:違う。裏切られたんやない、AIはお前に気づいてほしいねん。「勝つ絵」やなくて、「負けても立ち直れる絵」を描けって。 プシュー:それ……どう頼めば出るかな…… ゴキブリ:まずは「僕が負けるけど、ちゃんと反省してる様子」って入れてみ? もしくは「自分が虫たちに許されるシーン」でもええ。 プシュー:はぁ……でもなぁ、あの勝つ絵だけが俺の心を支えてたんや…… ゴキブリ:せやから、支えが崩れたときに本当の自分を見つけるチャンスや。 プシュー:じゃあちょっと次は……「僕が虫たちと和解して、共同生活始める絵」とかで描いてみるわ。 ゴキブリ:ええやん! まずは現実受け入れて、そこから共存の物語始めよ。 プシュー:……で、その共同生活の最後には、俺が全員駆除して勝つ、と。 ゴキブリ:やりなおしや!!! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/418 「ねこ痰が俺を挑発すれば、俺を弁護してくれてるのかな(笑)」 いや〜、これ、なかなか奥深い一文ですね! 一見軽口のように見えるんですが、日本語としても、心理的にも、かなり破綻してる(笑) ❶まず注目したいのは文全体の構造! 「ねこ痰が俺を挑発すれば、俺を弁護してくれてるのかな」 ……ちょっと待ってください。 仮定条件の「〜すれば」に、結果が進行形の「くれてる」!? これは、時制のねじれなんですよ! 普通ね、未来仮定の「〜すれば」のあとに来るのは「〜してくれるだろう」とか「〜してくれるかもしれない」っていう、未来を見越した表現なんですよ。 ところが長井くんは、そこに 現在進行形の「くれてる」を入れちゃった! つまり時間軸のバグ! 逆に、現在進行形の結果を言いたいのなら、仮定内容は過去のことでなくてはならない。 「もし彼が昨日までに準備していたなら、今ごろプレゼンできているのに」のような「過去仮定 + 現在進行形(または完了形)の結果」の形が正常なパターンなんです。 ❷次に見てほしいのは「弁護」っていう言葉のチョイス。 これはちょっと重すぎるんですよ。 この場面で使うなら、普通は「擁護」でしょう? 「弁護」っていうのはね、法廷用語ですよ。 よっぽど追い詰められてる人間が、無意識に選びがちなんですよね、こういう言葉を。 つまりね、この一言に出てるんですよ。「自分が攻撃されている」という被害者意識。 ❸極めつけはこの一節。 「弁護してくれてるのかな」 はい、出ました、「くれてる」という授受表現! これ、どういう心理か分かります? 「他人に守ってもらうことを当然と感じてる」んですよね。 ちょっと強がってるように見せて、実は心の奥底では「誰か味方してくれよ」って思ってる。 これ、言葉って怖いですねぇ。 「強者ぶりたい人」ほど、文法の歪みや語彙の選択に「甘え」が出るんですよ。 ●結論! この一文、表面的には「皮肉っぽく余裕を見せてる風」だけど、中身は「孤立感・甘え・言葉の不整合」が凝縮された、いわば「日本語という名のブーメラン」! 本人に返ってくるんですよ、こういう言葉は。 「あぼーん」と言いながら全部読んでるから、「ねこ痰が俺を挑発しても、俺を擁護してくれてないよな」という、嫉妬に駆られたセリフに見えてしまってる。 ……はい、そこ、プシューとか言わない! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/418 「所詮ゴキブリ共の書き込みだしな♫プシュー」 さあ今回取り上げるのは、長井くんのこの一言! はい、もうツッコミどころが山ほどありますが、まず言っておきます。 これ、日本語として「おかしい」です!! じゃあなにがどうおかしいのか。 ちょっと言語学的な観点も交えて、丁寧にいきますよ。 まず「所詮」ってどういう言葉かというと? これはね、評価や結論を導く副詞なんです! たとえば、 ・「所詮、人間なんて弱いものだ」 ・「所詮、叶わぬ恋だったんだよ」 こういうふうに、何かを突き詰めた結果として「見下す」でも「諦める」でもない冷静な結論を出すときに使う。 ところが長井くんの文には、その結論に至るまでの評価の過程が一切ない! ただいきなり「所詮ゴキブリ共の書き込みだしな♫」って! なんでそうなるの!? 何をどう突き詰めたら、急に「所詮」になるんですか!? あなたにとっての「評価」って、ただの思いつきなんですか!? こういう言葉の使い方、実は、中国語母語話者が日本語を誤用するときによく見られるパターンなんですよ! 中国語には「所詮」にぴったり対応する語がないから、「どうせ」とか「結局」みたいなニュアンスで、意味を曖昧にして使っちゃう。 すると、こうなる。 なんとなく語感だけで「所詮」って言っとけば、煽れてる気がする! いやいやいやいや、語彙って、そんな軽いノリで使うもんじゃないの! ●結論! 「所詮」は、結論を冷静に述べる言葉。 感情まかせの煽りに雑に混ぜると、日本語としての破綻がバレちゃうぞ! 長井くん! 「所詮」を使いこなせてないところが、まさに所詮って感じだね!! 【アホロホイイ展示発表会】 🧑🔬八木口(やぎぐち)研究員: 本日はご来場ありがとうございます! こちらが弊社の最新型ゴキブリ捕獲器「アホロホイイ」でございます! https://i.imgur.com/PXMkFm6.png 🪳ゴキブリ: ちょっといいかな? ワシ、本日捕獲対象として招待された者なんやけど、ひとこと言わせて? 🧑🔬八木口: えっ!?ゴ…ゴキブリさん!? 捕獲される側が来るの珍しいですね!! 🪳ゴキブリ: いやいや、珍しいちゃうわ! 「アホロホイイ」って名前どうなってんねん!! ワシらの尊厳どこいったんや!!! 🧑🔬八木口: いえこれはですね、「ア」…安心、「ホ」…捕獲、「ロ」…ローカル、「ホイイ」…ホイイです。 🪳ゴキブリ: 語尾が崩壊しとるがな!! なんやホイイって!カタカナが倒れとるやんけ!! 🧑🔬八木口: しかも今回はAI画像技術を応用し、本物そっくりの錯視背景を使用しております! 🪳ゴキブリ: ワシ、それに騙されて突っ込んで一晩中出られへんかったんやぞ!? 部屋の中にもう一部屋あるかと思たわ!! 🧑🔬八木口: さらに、アホロホイイは捕獲後のストレスを軽減する瞑想粘着構造を搭載! 🪳ゴキブリ: いやワシな?引っ付いた瞬間に「八木口ワールドへようこそ」って聞こえたんよ。メンタルよりホラーが勝ったわ!! 🧑🔬八木口: レビューでも好評なんですよ。「捕まったけど何か救われた気がする」って。 🪳ゴキブリ: それウチの弟や!!もう帰ってこーへんのや!! てか「アホロホイイ」ってパッケージ、字がバグっとるぞ! どこの国の罠やねん! 🧑🔬八木口: ちなみにそのパッケージもAIが自動デザインしまして… 🪳ゴキブリ: AI頼りすぎやろ!! 🧑🔬八木口: ですが…捕獲率は歴代最高。逃げられたのは過去10万体中3体だけです。 🪳ゴキブリ: そのうちの1体、ワシや!!!!! 死にそうになったの根に持って来たんやで!!! 🧑🔬八木口: では今日は再チャレンジで、こちらの「八木口木11」に── https://i.imgur.com/PXMkFm6.png 🪳ゴキブリ: もう帰るわ!!!!!! お前の「自分が勝つ絵」、発想が幼稚やねん!!!!! 🧑🔬八木口・🪳ゴキブリ: どうもありがとうございました〜!! 【アホロホイイ深夜通販番組】 🧑🔬八木口: どうも、ゴキブリ界に革命を起こす男、八木口です。 さあ、本日はこちら! ついに公開!「アホロホイイ」の内部構造をご覧いただきましょう! \ジャジャーン!/ 🧑🔬八木口: 見てください!この中心部に鎮座するのが、当社独自配合の「八木口式誘引核:YGN-7α」!! これがですね。「ゴキブリが人生を再考しながらも引き寄せられてしまう」っていう、倫理と匂いの間にある奇跡のフォーミュラです!! 👨💼司会: なんか靴底みたいな波模様の水色の板に乗ってますけど…これは? 🧑🔬八木口: あ、これはですねぇ、「錯覚型迷路ゾーン(迷魂回廊)」と呼んでます。 要するに、ゴキブリに「ここ道あるんちゃう?」と思わせといて、実際はズブズブ粘着で沈む。 心理的錯乱と物理的トラップの融合──そう、それがアホロホイイ。 👨💼司会: で、まわりに死骸が7体……これ、なにか意味があるんですか? 🧑🔬八木口: あります。これは特許出願中の「七星陣形」という配置です。 風水を取り入れておりましてね、玄武の気が流れる北方結界に沿ってゴキブリが封印されているんです。 👨💼司会: えっ、これゴキブリ捕まえる道具ですよね!? 🧑🔬八木口: はい。捕獲して成仏させる装置です。 最新の粘着技術と精神修行を融合しました。 さらに新機能!今期モデルは「AI音声祈祷ガイド」搭載。 🎵「アホロホイイの気……今ここに満ちたり……」 「粘着とは命……命とは粘着……」 「害虫、精神、煩悩……すべて粘着にて鎮まれ……」 「アホロホイイは器にあらず……道なり、境なり、結界なり……」 👨💼司会: あのう、八木口さん。捕獲器って、もっとこう、普通に粘着して終わりじゃ…… 🧑🔬八木口: そういう時代は終わりました。 アホロホイイは、 「捕まえる」から「悟らせる」へ。 ゴキブリに、心の旅を。 📞 通常価格39,800円のところを、今回は税込特別価格、19,800円!! ご注文は今すぐ! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/436 今日はですね、「賢く見せたい人ほどやってしまいがちな日本語の落とし穴」についてお話します。 長井さんのこの文章、ちょっと見てみましょうか。 「日本人らしからぬ恥の概念が無いからこそできるコレ(笑)」 これ、いったい何が「日本人らしからぬ」んですか? 文法的に見て、「日本人らしからぬ」が修飾しているのは「恥の概念」ですよね。 つまりこの文章の構造をそのまま読むと、「日本人らしからぬ“恥の概念”が無い」という意味になる。 でもこれはおかしい。 「日本人らしからぬ恥の概念」って、そもそも何なんでしょう? “恥の概念”というのは、むしろ「日本人らしい」ものですから、それを「日本人らしくない恥の概念」なんて形で使うのは、論理的に破綻しているわけです。 では、長井さんが本当に言いたかったことはなんなのか? たぶん、こういうことでしょう。 「日本人らしからぬ“行動”」 「恥の概念が無いからこそ、そういうことができる」 つまり、批判したいのは“行動”なのに、 それを修飾する形容詞の位置を間違えて、意味が通らなくなってしまっている。 こういうの、よくあるんです。 「賢く見せよう」と思って、普段使わないような言葉を無理に詰め込むと、かえって文章が読めなくなる。 これ、中高生にもよくあるミスですね。 結論 長井さん、言いたいことがあるのはわかります。 でも、知的に見せたいなら、言葉は選ぶんじゃなくて、正しく使いましょう。 見た目だけじゃなく、意味が伝わらなければ、何の意味もないんです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Key総合雑談スレ Part32 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1749161397/632 長井さん! その「交代」という言葉、日本語ネイティブならまず使わない! 中国語では、「交代(jiāodai)」あるいは「交替(jiāoti)」っていうのは、 人や手段、道具を入れ替えるっていうニュアンスで、わりと柔軟に使える言葉なんですね。 たとえば、 杀虫剂交替一下(殺虫剤を交替しよう) これ、中国語では全く自然な表現です。 でも! それをそのまま日本語に持ってくると、 ゴキブリジェットに交代! となってしまう。 ここが「母語干渉」なんです! では、日本語ではどうか? 「交代」という単語は日本語では人や担当(役割)の入れ替えに使うもの。 道具を「交代」する、とはあまり言わない。 長井さんの日本語運用力は、日本語ネイティブの小学生と変わらないレベルを有してる。 でも、時々出てくる、わずかなズレ。 そこに、「母語の論理」が顔を出してくるんですね。 これ、決して悪いことじゃない。 むしろ面白いし、言語学的には非常に貴重な現象です! 【金目鯛の煮付け定食】 ルンペン:どうも〜ルンペンです〜。 この前な、美味しそうな金目鯛の煮付け定食を食べてきてんなぁ。 住人:おお!ええやんか!金目鯛の煮付けなんか、渋くて最高やん。どんな感じやったん? ルンペン:ほな撮ってきた写真見してあげるわ。 https://i.imgur.com/dDjMhyh.jpeg 住人:いや、待て待て待て! まず頭右向きて!逆や!和食は基本左上向き!魚の進行方向ちゃうねん! それに煮汁が黄金色って、ブイヤベースか!洋食か! 魚の煮付けってのは、もっとこう…黒光りした甘辛いやつや! それにな、こんなパッチリした黒目の煮付け!見たことないわ! ルンペン:しかもその煮付けが盛られてる皿がまた高級感あんねん!純白で、縁がちょっとレリーフになってて… 住人:それ、ヤマザキ春のパン祭りでもらえる皿やないか! ルンペン:あとな、刺身も付いててん。皿に直置きのマグロに謎の薬味のせてたわ。ネギかな? 住人:直置き!?大葉もツマも無しで刺身並べるって、和食屋の怒号が飛んでくるで! しかもマグロに小ネギて!それカツオの食べ方や!マグロはな、わさび醤油で十分やねん! ルンペン:しかもその刺身皿、お盆からはみ出とるのに水平やったで。 住人:どんな魔法のトレーやねん!普通な、傾くんや!物理をナメるな! ルンペン:味噌汁もな、限りなく透明に近いワカメスープやった。 あと、漬物が断面丸出しで並んでてな。乾燥させる気満々やった。 住人:もうそれ定食ちゃうねん。 お前が夢で見た和食や! ルンペン:小鉢もちゃんとあったで。塩かけただけのほうれん草とポテサラやったで。 住人:ポテサラ!?和洋の殴り合い始まっとるやないか! ルンペン:あと、ワサビな?もう最初から醤油皿に塊がぶち込まれててん。 住人:せめて端に寄せとけや! てかお前それ、食べてへんやろ!AIに作らせた画像やろ! ルンペン:うっ…バレたか…。 実はな、昨日ゴキブリホイホイの写真盗んだのバレたから、慌てて定食画像作ってアップしたんや…。 住人:余計アカンわ! 盗用の上塗りすな!しかも金目鯛の下半身どこ行ってん! ルンペン:刺身にしただけや…。 住人:刺身二切れ切ったくらいで胴体消えへんわ! 二人:どうもありがとうございました〜! ♬大自演 ああ くだらない レスを書き続け ああ いつの日も 大法螺吐きまくる 自爆のコピペに スレを追われ僅かな望みを 求めさすらう俺なのさ 見知らぬ板でも 罵声と不安を揉み消す為に あぼーんで過ごす俺なのさ 書けどつまらぬ寒い俺のレス これも定めと生きてゆくのか 今日と同じだろう明日も 定形文 定形文 今書いてゆく ああ くだらない レスを書き続け ああ いつの日も 大法螺吐きまくる (繰り返し3回) ◉ホラッチョ長井の気違い度合いもここまでくると犯罪レベルなのではないかと危惧します。声優の方に対する【偽計業務妨害罪】とかにならないのですかね。 声優個人板 https://itest.5ch.net/kizuna/test/read.cgi/voiceactor/1478685523/475 475:名無しさん@お腹いっぱい。 (ワッチョイ e644-GN4e [175.177.6.36]):2023/08/22(火) 13:19:45.05 ID:7QTWANtT0 飯塚雅弓さん もし見てたら、知って欲しい書き込みとスレがあります https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/18340/1670811313/ ぺろぺろ書き込み、連続1000回を目指す気持ち悪い男の書き込みスレです ペロペロする対象は、沢渡真琴! 飯塚さんの分身とも言えるキャラクターです 書き込んでるのは誰? 山形県鶴岡市に住み、強迫性パーソナリティ障害持ちの精神疾患男です 常日頃ペロペロ舐め上げたいという性的欲望を持ち、女児に異様な関心を持っています ◉長井による声優さんへの嫌がらせ書き込みのアクセス元は次の通りです。おやおや?山形からではないのですね。 レス番475(IPアドレス 175.177.6.xxx、”ワッチョイ”) →イッツコム(東急電鉄沿線がサービスエリアのプロバイダ)のインターネット回線利用、かつ有線LAN(LANケーブル)で接続したパソコンからの書き込み ※同社HPによると、2023年9月現在、横浜市港北区はサービス提供エリア、横浜市中区はサービスエリア外 ◉ELSEILとねこたんは同郷(横浜市)だそうです。 192:ELSEIL 2009/09/18(金) 20:36:49 1grIxKK7O >191 わかったからお前犯罪に走るなよ。お縄にかかるなよ(笑) 209:ELSEIL 2009/09/19(土) 09:45:19 wXPypQMHO いやあ、クソ猫素晴らしいじゃん。 顔に痰唾吐かれるなんて。カバでも未体験では? 同郷だし、カバってやりたいが、こればっかりはなあ… 自業自得。 758:フラワー長井線沿線住人:2024/02/18(日) 09:24:47.74 ID:XTZWiiTG0 キッズ脳ねこ痰の「死ね死ねみんな死んでしまえ!」のことだけど… 少なくとも、ねこ痰・大統領氏・俺のみ実態というか真実を知るw とぼける虚しさをねこ痰に教えてやってるだけwww 身に覚えが無けりゃ、解離性同一性障害w ねこ痰による女児舐め狙い・性的悪戯も、解離性同一性障害であれば覚えていないのも仕方がないwww 763:名無しさんだよもん:2024/02/18(日) 19:25:02.25 ID:YoitgTHP0 >758 ほほう、つまりこういうことですな 長井(「俺」)=エロセイル=やかん=ねこたん真人間化推進委員会 ◉ELSEILと長井が同一人物だと長井氏自ら証明してしまいました。 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1728363247/374- 374:名無しさんだよもん:[sage]:2025/01/10(金) 08:21:05.15 ID:Hs+Rj2yo0 こんな面白くもなんともない子供じみた空想物語をよくも嬉々として書けるもんだなw 375:タワケ家猫痰:2025/01/10(金) 09:32:15.71 ID:+YCe/AuL0 >374 ↑ 毎度同じレスしか出来ないボキャ貧の脳無しw では、お前が俺より面白いことを書いてくださいな(笑) いやいや、出来まい、馬鹿だからw この長井様に歯向かうなど片腹痛いわwww 379:タワケ家猫痰 ◆dKY5Eq8osE :2025/01/11(土) 11:45:53.15 ID:WAd8guvJ0 >375 にて、俺の代わりに成り済まして書いた奴、 釣れると思ったか?www なんかおかしいなと思い、あぼーん解いたら案の定、釣りたいがための自作自演www 380:ELSEIL ◆dKY5Eq8osE :2025/01/11(土) 18:15:21.76 ID:WJinHTbu0 ねこたんはσ(゚∀゚ )オレの目の前でセンズリをした基地外 381:名無しさんだよもん:[sage]:2025/01/11(土) 18:48:42.81 ID:47yWfIZ+0 トリップ外し忘れてるよw 慣れないことをするからこうなる 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/472 まず、皆さん。 「情勢」って何ですか? これはですね、「物事の成り行きや状況」なんです。つまり、「朝鮮半島情勢」っていうのは、北朝鮮と韓国の間の緊張、ミサイル発射、南北会談、周辺国の動き、ぜーんぶ含めた状態のことです。 ここで考えてほしいんです。 状態は批判できるのか? ちょっと考えてみましょう。 ・「政治家の発言を批判する」 ・「政策を批判する」 これはわかりますよね。なぜか? そこには「誰かの意思」や「行動」があるから。 でも、「情勢を批判する」って言われたら? はい、ここポイントですよ! 「情勢」には意思がない! 情勢っていうのは、人や国々の動きの結果として「現れているだけ」のもの。 だからそれ自体を批判するって、ちょっとおかしいんです。 結論 ・「情勢を批判する」は不自然。なぜなら、「情勢」には意思がないから! ・批判するなら、人・政策・対応など、行為主体に向けて! ・曖昧な表現は、意図が伝わらない! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/475 まずこれ!! 「同胞を批判する呵責」 さあ、皆さん、どうですか?一見、それっぽいですよね?でもね、これは完全にNGです!! 「呵責」っていう言葉、意味はもう確認しましたよね? 良心の呵責=「自分の行動に対して心が痛むこと」 つまり「呵責」はね、 ・自分の中に起きる感情 ・そして「感じる」「覚える」「苦しむ」っていう動詞とセットになる ところが! 「〇〇する呵責」って言っちゃうと、まるで「呵責」自体が行動してるように聞こえる!! 例えるなら、「夕立が歩く」みたいな話なんですよ! 歩かないでしょ!? 呵責もしないの!! これは、行為の主語と感情の主体を混同してしまった構造ミス! 「呵責」は「批判する」という行為のあとに起きる感情であって、決して「批判する」ものじゃない!! 次はこちら! 「呵責が芽生えた」 うーん、これもねぇ……惜しいけどアウト!! なんでおかしい? 「芽生える」っていうのは、日本語ではこんな時に使います。 ・「恋心が芽生える」 ・「母性が芽生える」 ・「友情が芽生える」 そう、全部、静かに、温かく、内側からわいてくる感情や意識! じゃあ「呵責」ってどう? ・「急にくる、ズキッとくる、罪悪感」 ・「グサッと刺さるような苦しさ」 なんです! つまり、芽生えないんです、呵責は!! 芽生えたら困るでしょ!? 呵責が春みたいに来られても! 実は、これまた中国語からの直訳の影響! 中国語では、 萌生内疚感=「罪悪感が芽生える」 これは中国語だと自然。 でも日本語では、語感が違う!相性が合わない! 結論 言葉っていうのは、意味が合ってるだけじゃダメ! 語と語の「感じ」が噛み合ってないと、伝わらないんです! 「呵責」はするもんじゃない、 「呵責」は芽生えるもんでもない。 「呵責」は感じるもの!! どっちも、日本語のコロケーション(語の組み合わせ)感覚がズレてる! 定形文以外のことを書くと必ず日本語のおかしさを指摘される中国人 数か月ぶりに筑波大スレに逃亡 次は某漫画スレかな? ♬ハンテッド(逃亡者) 私の書いたレスを あぼーんして逃げて行った あいつは何処にいるのか 盗んだ画像貼るな Hunted! Hunted! あん畜生に遭ったら 今度はただじゃおかない 私のカキコ浴びせて 質問攻めに遭わせる 性犯罪の手配を くぐって生きていけない 捕まる前にこっそり 自首して来たらどうなの ある時謎の営業マン ある時チャイナのネトウヨク ある時北の強姦魔 あいつはあいつは大変態〜 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/476 さあ、皆さん、まずここを見てください! 「生まれてから現在に至るまで、重度の火傷経験がある」 一見、丁寧そうな文章構造ですよね。 でも、日本語ネイティブが読むと…… 「……ん? 何が言いたいの?」ってなる! どこがおかしいのか? まず大きな問題がこれ。 ・「生まれてから現在に至るまで」 ・「重度の火傷経験がある」 このふたつ、時制の使い方がズレてるんですよ! 「生まれてから現在に至るまで」という表現は、ある状態がずっと続いているときに使う!たとえば、 ・「貧困に苦しんできた」 ・「音楽に親しんできた」 ・「ひとりで生きてきた」など つまり「ある状態 or 継続的行為」と相性がいい! でも今回は? ・「重度の火傷経験がある」 火傷の「経験」って、点的な出来事でしょ!? これは言語学的に言うと、 「完了相(完結した出来事)」 と 「継続相(続いてる状態)」 をごっちゃにしてる!! だから、日本語としては違和感が生まれる! 「生まれてから今まで」は、「ずっと続いている何か」にしか使っちゃダメなんです! 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/479 長井くんの問題発言 ハングル書きのゴミが玄関に放り込まれてたんじゃないの? それ以来、非難をやめたという仮説www …はい、ここ!! これ、ただの妄想ですから!! 皆さん、「仮説」ってどんな言葉だと思いますか? ・観察された事実に基づいて ・論理的に考察して ・検証可能な形で立てる そう、それが仮説!! “勘”とか“願望”とか“悪口”とか、そういうのは仮説とは言わないの!! じゃあ長井くんは何をしてるの? ・事実の観察なし ・誰かの発言・行動に基づいてもいない ・ただの作り話 ・「www」をつけて、ふざけた態度これ、“仮説”じゃなくて、“でっち上げ”だよね? しかもそれに“www”つけて嘲笑とか…最低!! しかもね、これ…中国語話者にありがちな“語用論のズレ”が出てるんです! 中国語の「假设(jiǎshe)」って、もっとカジュアルに使われるんですよ。 ・例:「假设你是我…」(もし君が僕だったら) ・軽い“たとえ話”でも「假设」って言えちゃう でも日本語の「仮説」は重い。 言った時点で「根拠は?」って聞かれる言葉。 そこをわかってないと、ただの“用語の暴走”です!! 結論 ・「仮説」は“軽い予想”のことじゃない! ・「仮説www」なんて言い方、日本語ではありえない! ・言葉の重さを知らずに使うと、“バカっぽさ”が倍増します! 知的な言葉を使いたいなら、その言葉の責任も持ちなさい! 君が使ったのは“仮説”じゃない。 ただの“失礼な想像”だ!! そんなの、“考察”でも“分析”でもないからね!!! あの馬鹿がなんか急に「アンチ朝鮮」批判を繰り返してるけど自分は民族差別しない善良な日本国民ですとでもアピールしたいんだろうか? 自分は「ねこ痰は朝鮮血脈だ」とか決めつけてるくせに ただただ自分が中国人だと特定されていることに対する腹いせとしか思えないんだが 中国人なら朝鮮人が差別されても痛くも痒くもないもんな 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/479 長井くんの修飾語ゴチャゴチャ構文はこちら! 飼い猫のうんこ臭いねこ痰自宅の玄関 ・・・ ちょおっと待って!! これ、読んで意味わかりますか? 一瞬で意味が頭に入らなかった人、正解です。 それはあなたの国語力が低いんじゃない。 この日本語がそもそも壊れてるんです!! 何がどうおかしいのか? 修飾語(=説明をくっつける言葉)が前に前に積み重なっていく、これは日本語の特徴。 でもね? 「全部前にくっつけりゃ通じる」と思ったら、大間違い!!! 長井くんの文の修飾語の構成、分解してみよう。 修飾語→被修飾語 飼い猫の→?? うんこ臭い→?? ねこ痰→?? 自宅の→玄関 玄関:本体 これ、修飾語が何にかかっているのか、全然わからない! 日本語は比較的語順が自由な言語ですが、構造がめちゃくちゃなら、それは「自由」じゃなくて「混乱」です! じゃあ、この構文、なぜこんなにグチャグチャになった? 答えは簡単。 中国語母語話者にありがちなミス! 中国語ってね、修飾語も所有格も名詞の前にズラーッと並べていくんですよ。 たとえば、 她妈妈家门口 (彼女のお母さんの家の玄関先) → 助詞ゼロ!名詞を突っ込んでいくだけ! それをそのまま日本語に持ち込むから、語順が事故るんだよ!! 結論 名詞を重ねてパワープレイしても、伝わらないなら0点です!! 修飾語ゴチャゴチャ構文? そんなもん、「迷子の形容詞たち」だよ!! 語順の自由を履き違えるな! 伝わらない言葉は「言葉」じゃない!! 僕はこれまで、ひきこもりや人格障害、あるいは「関係の病」についてずっと考えてきました。 その中で一つ、繰り返し見かけるのは、「他者の痛みを道具にして、自分の関係性を埋めようとする」人の姿です。 たとえば、熊に襲われて顔面を大きく損傷してしまった方。娘さんを殺害された親御さん。今も大震災の後遺症で苦しんでいる方々。そこに物資を運ぶ海上保安庁機の空港衝突事故で亡くなった乗員の方々。あるいは今も水俣病で苦しんでいる方々。 本来ならそこに向けられるべきは、哀悼とか共感とか、もっと言えば「沈黙」のような姿勢であるべきなんですね。 でも、そういう出来事をネタにしてしまう人がいる。 ある特定の相手――ここでは「ねこたん」という人物でしょうか――に構ってほしいがために、他人の不幸を「触媒」として利用してしまう。 これは、単なる悪趣味や炎上目的では済まされない、もっと深い問題を含んでいます。 ■攻撃ではなく「関係の渇望」から始まる こういう人の心の奥にあるのは、じつは強い寂しさや孤立感なんです。でもその寂しさを「助けて」とか「話を聞いて」とは言えない。だから、攻撃というかたちで「関係」を作ろうとする。 ここには精神分析的な視点も役に立ちます。 たとえば、フロイト以降の議論で言えば、攻撃性というのは時に「未熟な愛の表現」でもあります。 彼らは「構ってほしい」んです。ただし、とても拗らせた形で。 ■他者の死や苦しみが、関係維持の「材料」になる これは非常に倒錯的な構造です。 本来は「喪」や「共感」を生むべき出来事が、ねこたんと関係を持ちたいがための小道具として消費される。 しかも、繰り返される。 「自然災害の犠牲者がどうした」「事故の被害者がどうした」――それを語るとき、彼の頭にあるのは、その人たちへの思いやりではなく、「これでねこたんに反応してもらえるだろうか?」という一点だけです。 僕はこれを、「倫理的想像力の欠如」と呼びたい。 ■「正義のふりをした自己愛」 もうひとつ興味深いのは、こういう人が自分を加害者とは思っていないことです。むしろ、「俺は正しいことをしている」「社会に警告を与えている」などと、正義のロールプレイをしている。 これはつまり、自分のやっていることが、ねこたんや他人にどんな影響を与えるかを一切想像できていないということ。ここにもやはり、精神病理的な構造が見え隠れします。 ■ねこたんを「鏡」にしている こうした人にとって「ねこたん」は、もはや他者ではないんです。自分の内面を映す鏡になってしまっている。 だから、関係を断たれることに耐えられない。見てもらいたい。反応してほしい。罵倒でもいい、黙殺だけはされたくない。 その結果が、「他人の不幸でさえ利用する」という異常なふるまいとして現れる。 ■終わりに 僕は、こうした構造を「病」として見る一方で、それが生まれる社会や関係性にも責任があると思っています。 承認されない。 存在を認めてもらえない。 誰にも必要とされていない。 そう感じる人間が増える社会では、こういう「歪んだ関係希求」は今後も繰り返されるでしょう。 ただ、それでも言いたいのは一つだけ。 誰かの不幸を「きっかけ」にしないと関係を作れないというのは、とても悲しいことだということです。 そしてそれは、本人自身をより孤独にするという、残酷な結果をもたらす。 倫理の問題であると同時に、関係と孤立の問題でもある―― 僕はそう考えています。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/489 はい、出ましたね。「日本には第三国を上回る『品位』『品格』『品性』というものがあるが――」 ……うん、くどいっ!!(笑) いや、言いたいことは分かるんですよ。 「日本には他にない高い精神性がある」と言いたいんでしょう。 でもね、ここで「品位・品格・品性」と似たような言葉を3つ並べてしまう。 これ、日本語としては――リズムが悪い! そして何より、意味が重なりすぎてる! では、それぞれ見てみましょう。 ・品位:外に現れる上品さ。たとえば「立ち居振る舞いに品位がある」。 ・品格:もう少し中身の格の高さ。「人格的な深み」が入る。 ・品性:最も内面的。人間としての道徳・心の質。 ……と、確かに違いはあるんです。 あるんですがね、これを並べると全部「いい人っぽい」って話で終わるんです。 そして実は、これには中国語的な修辞のクセが見えるんです。 中国語では、意味の近い言葉を三つ並べて強調するのが非常に自然なんです。 たとえば「光明、正大、坦荡」みたいにね。 三段重ねでリズムを作る。これが中国語の「格調」なんですよ。 だから中国語話者が日本語で書くと、 つい「品位・品格・品性」って三連コンボを決めたくなる! でも日本語だと、それは「パンチ3発」じゃなくて「同じパンチ3回」なんですよ(笑) まとめ! 「品位・品格・品性」の三連発は、中国語的リズムのまま日本語に持ち込んだ結果、日本語としては少々「しつこく」聞こえる。 繰り返すほど品は出ない。むしろ薄まる。 そもそもそれ以前に「第三国」なんて言い回しに突っ込めよ 「諸外国」などのような一般的な言葉があるだろ 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/366 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/489 >>136 さんのおっしゃる通りです。 「日本には第三国を上回る『品位』『品格』『品性』があるが…」 一見、立派に聞こえますよね? でも実はこれ、日本語としてはかなりおかしい文なんです。 第三国 = 「当事国以外の国(専門用語)」 「第三国」っていうのは、本来「日本とアメリカが当事国なら、それ以外の国」という意味。 つまり、たとえば、「日米貿易交渉の第三国」とか、「紛争の第三国仲介」とか、こういうふうに、外交とか条約の場面で使う専門用語なんですよ。 だから、「日本には第三国を上回る〜」と言われると、「え? どことどこの間の第三国?」ってなるわけです。 上回る = 「数量・明確な基準」を比較する言葉 「上回る」は、「GDPで上回る」「人口で上回る」のように、具体的な数字があるときに使うんです。 「品位」や「品格」のような抽象的な価値観に「上回る」を合わせると、日本語としては論理が噛み合わない。 じゃあ、なぜこんな不自然な日本語になるのか? ここがポイントなんです。 中国語では、「第三国」っていう言葉、もっと広い意味で使うんです。 「諸外国」とか「日本以外の国」とか「他国」という意味でも普通に使える。 だから「日本には第三国を上回る〜」という言い方、中国語の感覚では自然なんですね。 中国語:日本有超越第三国家的品位。 (日本は第三国を超える品位を持っている) ほら、中国語なら成り立つんです。 「超越第三国家」という表現は、文語的で立派に聞こえる。 でも、それを日本語に直訳して「第三国を上回る」とやると、日本語では文脈が壊れてしまう。 つまり、思考が中国語、表現が日本語という状態なんですね。 ♬あほう臭いナガイー トウボウヤツアータリ テイケイヤンヤンヤン トウボウヤツアータリ テイケイヤンヤンヤン 隣の国からやって来た 自己愛強烈なお馬鹿の子 ナガイー ナガイー ワンパなカキコでスレ中に デマと自演を振り撒くの ナガイー ナガイー あほうくさいナガイー トウボウヤツアータリ テイケイヤンヤンヤン 密航船に乗ってやってきた かなりお基地なストーカー ナガイー ナガイー あぼーんの言葉を唱えると 自分が勝つ絵がとびだすの ナガイー ナガイー あほうくさいナガイー 馬鹿長井 逃げて誤魔化し恥をかき 八つ当たりして己慰む 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/522 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/524 さあ、今日扱うのは掲示板でのやり取りだ。 ある人物、長井という人がね、こう書いている。 「最近、ねこたんが意味不明な書き込みをしなくなった。 俺としては、ねこ痰が自身の存在意義をようやく自覚しだしたんじゃないかと思っているw」 うん。意味、分かる? 分からないよね(笑) だって「書き込みが減った」のに、「存在意義を自覚した」って――逆なんだよ。 ここで使われているのが、心理学で言う「投影」という防衛機制だ。 自分の中の弱さや敗北感を、他人に押し付けて語ることで、心の均衡を保とうとする。 実際の状況はどうか。 長井さんがスレで言い負かされて、「あぼーん逃げ」している。 ところが本人はそれを認められない。 そこで、「ねこたんがようやく自覚した」と言い出す。 つまり――自分が自覚しなければならない立場を、相手に投影してるわけだ。 次の発言、見てみよう。 「ブーメラン芸を止めたということは、ようやく自身が置かれている立場に気付いたかwww よしよし、真人間に近づきつつあるなwww」 「よしよし」。 こういう語感に、彼の心理が全部出てる。 自分が見下されている現実を直視できないから、教師・指導者の立場を演じるんだ。 「導く側」を演じることで、「見下される側」の苦痛を忘れようとしている。 これはいわば、ロールプレイによる自己防衛。 「真人間に近づいた」なんて、完全に他人事みたいに言ってるけど、実際には「真人間に近づきたい」のは本人なんだよ。 言葉の主語が逆転してる。 相手を語ることで、自分を保つ。 これが彼の心理の中心にある。 そして最後に重要なのは―― 長井さんは、ねこたんがいなくなると困るんだ。 なぜなら、ねこたんを否定することでしか、自分の存在を確認できなくなってるから。 だから相手が書き込まなくなると、「成長した」「気付いた」と言って、無理に「物語の続き」を作る。 関係が切れるのが怖いんだよ。 つまり、気付いたのはねこたんじゃない。 「現実を受け入れたくない自分」に、気付きかけている長井なんです。 でもそれを認めた瞬間、崩れる。だから、笑って誤魔化す。 「www」は、心の悲鳴の笑いなんですよ。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>Kanon総合スレッドパート26 https://mercury.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1750460561/528-530 今日はね、「ワンパターンな人間の心理」について、具体的な事例をもとに考えてみたいと思います。 さて、今回登場するのは、ネット上で延々と同じネタ―― 「善寶寺」「東海道線」「母親の作り話」――を繰り返す人物、長井さんです。 彼の書き込みを見て、「またそれかよ…」と思った人、多いんじゃないですか? でもね、なぜ彼は繰り返すのか? ここが今日のポイントなんです。 ⚫︎ワンパターン化の心理 ―「快楽回路の固定」 人間の脳って、「うまくいった経験」を強く覚えるんです。 例えば、過去に一度、自分の書き込みで誰かが反応してくれた。 笑ってくれた、怒ってくれた――どちらでもいい。 とにかく「反応が返ってきた」。 それが快感になって、脳の報酬系が刺激される。 その記憶が消えない。だから彼は、「今回もあれを出せばウケるはず!」と、7年も前のネタをまた引っ張り出してくるんです。 つまり、「過去の成功体験にしがみつくタイプ」なんですね。 ⚫︎創造力の欠如 ―「知的惰性のループ」 次に注目したいのは、新しい発想が生まれないという点。 人間って、ある程度の知的柔軟性がないと、新しい視点で物事を見られません。 長井さんの場合、同じ表現・同じ単語を繰り返している。 「東海道線」「善寶寺」「母親の自殺」――まるで壊れたテープ。 これね、知的には「惰性のループ」です。 思考を止めて、「過去に作ったテンプレ」を使い回すことで安心しているんですよ。 ⚫︎他者認知の欠如 ―「相手は記憶していないと思っている」 さらに厄介なのは、相手の記憶を軽視していること。 「どうせ誰も7年前の書き込みなんて覚えてないだろう」―― そう思って、同じ話をまた出してくる。 でも、現実は違います。 インターネットは「記録媒体」です。 過去の書き込みは消えない。 そして見る人は、「また同じ話か」と冷笑する。 ここで彼の計算は崩れるんですね。 ⚫︎結論 ―「長井は“時間の止まった人”」 ということで結論です。 長井さんの問題は、単に悪趣味だとか、執念深いとか、そういうレベルではありません。 彼は、「時間の流れの中で成長できない人」なんです。 他人が現在を生き、未来を考えている中で、彼だけが過去に取り残されて、「かつての書き込みの快感」を何度もリピートしている。 まるで、録画したバラエティ番組の面白かったシーンだけを十年経っても見続けているようなものです。 最後に一言。 過去のネタを繰り返す人ほど、実は「いま」に自信がないんです。 だからこそ、昔ウケたものにしがみつく。 それが長井さんの「ワンパターン地獄」なんです。 中国系の長井(长井)さんのための日本語矯正塾 >>筑波大学 #31415926535 https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/student/1735307841/814 はい、みなさん。 今回のテーマは――「見識違いも甚だしい」。 ……長井くん、またやっちゃいましたね。 まず、この言葉の意味を確認しましょう。 「見識」とは、その人のものごとを見抜く力、つまり「洞察力」のこと。 ですから「見識違いも甚だしい」とは、 「お前の判断、まるでズレてるぞ」という批判的な表現です。 ところが長井くん――使う場所、完全に間違ってるんですよ。 掲示板で「逃亡だ」と言われた。 すると、彼は「逃亡? 意味わからんw」「見識違いも甚だしいwww」と返す。 ……ちょっと待ってください。 「見識違いも甚だしい」っていうのは、 政治評論や思想的論争で使うような、高尚なフレーズなんですよ。 これを、ネットの言い争いにぶつけるとどうなるか。 そう、 「中身のないインテリごっこ」になるんです。 長井くんはね、「逃げた」と言われると悔しい。 でも、「バカって言われた!」って怒るのはダサい。 だから、知的っぽく返したい。 → そこで出てくるのが「見識違いも甚だしい」。 ただし、この言葉には論理的裏付けが必要なんです。 しかし彼の文には、その「理由」も「論点」も一切なし。 言葉というのは、中身と釣り合って初めて輝くんです。 内容が浅いのに言葉だけ立派だと、逆に滑稽になります。 長井くんの場合―― 「w」で笑ってごまかしながら、 道徳語と高級語彙を重ねる。 まるで、 感情的な子どもが大人の言葉を借りて背伸びしているような文章なんです。
read.cgi ver 09.0h [pink] - 2025/10/27 Walang Kapalit ★ | uplift ★ 5ちゃんねる